1999年5月22日(土) in 大阪ドーム
開演:18:38 終演:21:38

初めて”生”でサザンを全身で感じた記念すべきライブがこの大阪ドーム公演。当時は15歳でまだサザン仲間がネット上にしかいなかったので、そんなにファンでもない幼馴染の子を誘って一緒に見に行ったのが今となっては懐かしい。今までブラウン管を通じてでしか見ることのできなかった大好きなサザンオールスターズにやっと会えるということで楽しみであったのは確かなのだけど、同時に何か得体の知れぬ大人の世界に踏み込む感じがして少々戸惑いがあったのも事実である。
まず初めに驚いたのがライブの規模だった。JR大正駅から大阪ドームへ歩いていくときのあの人だかりの中に入るのが最初は恥ずかしくて恥ずかしくて・・・なぜならば自分がサザンを好きだっていうことを他の大勢の人に知られることが15歳には赤面モノなのだ・・・!!好きな女の子の名前を大勢のクラスメイトに晒されるのと同じ感覚。でもだんだん慣れてきて気がつけば広大なドームの敷地内に足を踏み入れていた。初めて肌で感じたライブ会場は「とにかく大きい!」の一言に尽きて、今までテレビやビデオでしか会場を見たことのなかった自分にとってそれは一種の衝撃であった。
1曲目はネタバレ禁止の某掲示板で事前に知ってしまったのだけれども、それでも着物の女性が華麗なる踊りを披露するオープニングには感動したものだ。桜のイルミネーションがステージに舞い、『JAPANEGGAE』のイントロが流れてきたとき・・・しかもこのイントロが聞き慣れた原曲のそれとは明らかに違う”今まさに”息吹を与えられた音色であるとわかったとき、その音の持つ迫力に完全に圧倒されてしまった。1曲目はまだスクリーンにはメンバーが映っていなくて、2曲目からスクリーンにメンバーが映ってくるのだが、最初に桑田を見たときはそりゃあもうすごい感動だった。見ていた場所はスタンドでメンバーを肉眼では確認できないくらいの位置だったのだけど、感動とか興奮というよりもただ呆然とずっと立ち尽くしていた感があった。ものすごく不思議な世界があの時確かに私を包んでいたのだ。
最初のMCで桑田が「大阪出身だよー。尼崎出身だからね」と言ったときに「いやいや、尼崎は兵庫・・・」と一人ツッコミを入れてる自分。その後 『さくら』の曲を次々と披露して『Young Love』の曲へとライブは続いていく。もちろんアップテンポの曲は弾けていたけど、それ以上に「嬉しい」という気持ちが勝っていて終始ニヤニヤしていたよう な記憶がある。そういえば3回目のMCではミュージックステーションで共演したチャゲアスについても少し触れていた。どっちも好きな私にとっては夢のような一幕。
そんなこんなであっという間に過ぎていった3時間。アンコールの『希望の轍』は新しい歌詞が付け加えられていたのでものすごく新鮮に聞こえたのが印象的だった。すべてが終わって規制退場をするとき・・・ステージ上ではFM802のヒロ寺平が思いっきり大阪弁で甲子園球場の阪神vs巨人戦の途中経過を伝えていたことも良き思い出として残っている。ちょうど野村監督の阪神タイガースが快進撃を続けていた頃の話だ(ちなみにこの後すぐに阪神は失速した)。
このライブは後にWOWOWで録画放送されることになる(映像自体は東京ドーム公演のもの)。それがちょうど7月のことで当時通っていた(すぐやめちゃったけど)スポーツクラブで泳いでいるときはいつもオープニングの『JAPANEGGAE』〜『ミス・ブランニュー・デイ』〜『エロティカ・セブン』が脳内リピートされていた。今でも夏にここを通るとこのライブの3曲と水しぶきを思い出してしまう。今でも映像を見ると未熟だった当時の青い自分を思い出す照れるライブだ。