2007年8月20日(月) in 横浜赤レンガパーク特設会場

『♪もしも涙が溢れそうなら 時間を止めて抱き寄せて…』。サザンオールスターズのシングル『この青い空、みどり』の3曲目に収録されている『心を込めて花束を《茅ヶ崎ライブVersion》』を聞くと今でも私の心は2000年8月20日にタイムスリップしてしまう。あの浜風、あの熱気、あの熱唱…17歳の夏に経験した今まで生きてきた中で唯一の野外ライブの記憶は何年経っても色褪せることがなく、私にとって2000年8月20日は大切な大切な忘れられない一日としていつまでも心に刻まれ続けている。
時は流れて7年。再び野外で桑田佳祐を感じる瞬間がやってきた。それもなんと”8月20日”に…
今年の夏はコンサート会場でのライブがない代わりにテレビ収録を兼ねた公開ライブが何回か催され、SAS応援団では観覧募集の案内が随時行われていた。その中の一つである日本テレビ系にて毎週日曜日23時30分から絶賛放送中の『Music Lovers』の公開ライブへ運良く(といっても当選者は周囲でも結構いるのだが)行けることになったのだ。平日の昼間に横浜で集合という関西人には厳しい条件ではあったものの、ただいま約2ヶ月にも及ぶ夏休み中の私にとってはスケジュールを埋めるのに苦労する日々が続いていたので、何のためらいもなく久しぶりの横浜旅行を即決することができた。
が、一つだけ気掛かりなことがあった。もし天気予報で雨天が予想される場合には、当選者の中から再抽選を行った上でスタジオで収録する旨の注意書きが記載されていたのだ。当選発表時点(14日)での20日の横浜の降水確率は70%で再抽選となる確率が濃厚であり、仮に再抽選となって落選するようなことがあってもそれはそれでネタとして今後使えるなと割り切ってはいたものの、やはりライブにはどうしても参加したくて祈るような思いで再抽選の日を迎えようとしていた。
運命の再抽選の日は17日。実はこの時点でも降水確率は50%あった。しかし応援団からは「再抽選なし。雨天決行」というダメ押し当選メールがやってきて、いよいよ私は戦闘モードへと突入していく。翌日(18日)に須磨海岸で開催されたサザンの某イベントで約60人もの参加者を前に「あさって横浜へ行きますよぉぉ!!」と大声で参加表明出来たことがさらに私の桑田熱をMaxまで沸騰させていった。自分で自分をその気にさせる自家製サブリミナルである。
さて当日、8月20日AM8:20。天気は夏晴れ。ちょっと遅い通勤帯に背広姿のサラリーマンの列を掻き分けながら私は新大阪駅へと向かっていく。7年前の8月20日も実は新幹線で新横浜まで向かっていて、当時を忠実に再現するために全く同じ時間帯の新幹線に乗ろうかとも一時は画策していたのだが、スケジュールの都合上断念せざるを得なかったのが悔しい。
そうこうしているうちに私はいつの間にやら新横浜へと着いていた。久しぶりの横浜に足を踏み入れたという感慨よりも空腹感のほうが遥かに強く、野生的な本能を剥き出しにしながらエサを求めてまずは横浜駅へ。ちなみにランチに選んだのはカツ丼@大阪風居酒屋なのだが特にこれといった意味はない。食事後は一足先にみなとみらい線で元町・中華街駅まで行って会場の近くのホテルでチェックインを済まし、しばしの休憩時間を取った。
今回のライブの事前アナウンスでは山下公園のローソン前に集合することだけが書かれており、どういった場所でライブをやるのかといった情報は公式には一切アナウンスされていなかった。ただ一つ確定していることは”野外”で開催されることであり、終了予定時刻から逆算して少なくとも3時間半は猛暑に肌を晒され続ける危険性があった。なので私は日焼け止めクリームを身体中にふんだんに塗りだくって、ペットボトルを数本備蓄し(旅行前にスーパー玉出で購入)、さらには帽子を被って長時間の臨戦態勢を整えたものだ。そして平穏にライブを楽しめることを生きとし生けるものすべてに祈った。
15時15分。集合時刻(※Aブロック)の15分前に山下公園へと向かうとすでにたくさんの人だかりが出来ている。梅田の一風堂でもあんなに行列は出来ない。あれは目視で1000人以上はいたのではないだろうか。どうやらこの行列は受付を済ますための順番待ちらしい。相変わらず日射しはきつく、DNAを破壊するかのようなえげつない紫外線が私を襲ってくる。何にもしていないのに汗は滝のようにダラダラと流れ、喉は絶え間なく水分を欲していた。後々のことも考えるとどうしても体力は温存しておきたく、前後の人と絡みたい気持ちを自制せざるを得なかったのが今思うと心残りである。
数十分後、目の前には今回の集合場所である「HAPPY LAWSON」が見えてきた。ぬぁーにがHAPPYだよ…こんな猛暑に何食わぬ顔で涼しげに建立してやがるローソンが実に憎らしい。受付へ行くとフロムAを介して雇われたらしき20歳前後のオネーチャンたちが私の学生証とチケットを照合していた。紛れもなく私の所有物ではあるのだが万が一引っ掛かってしまったらどうしようと思いつつも無事にクリア。赤色のリストバンドをもらって右腕に装着するといよいよ本番が始まるんだという高揚感が身体を循環し始めた。リストバンドと共にオネーチャンからもらった日テレからの注意事項が記載されている紙を見ると・・・んん??17時に開場??ということはそれまでは自由時間ってこと???
…気が付けば私は早急にホテルへと戻っていた。この猛暑の中で日陰を争奪して給水に熱中する他の参加者たちを見下ろしながら、私は約45分間冷房ギンギンな部屋でゆっくりさせてもらった。まさに気分は沢尻エリカである。ドアのノックがコンコンと鳴って「Keiさん、本番入りまーす。よろしくお願いしまーす」と今にもADがやってきそうだったが、もちろんそんなサプライズはなかったので、自作自演で独り言を呟きながらボルテージとテンションを最高潮な段階へと引き上げていった。
時間が近付いてきて、いよいよライブ会場へと出陣していく。次に向かう場所はローソンではなく赤レンガ倉庫だ。ローソンの隣にあるプロムナードを通ってひたすら歩いていくのだが意外と遠い。おまけに坂道も多いので早くも私の脚は悲鳴を上げていた。目の前に見えるのはみなとみらいの麗しき風景だったのだけれど感傷に浸っている余裕はなく、腕時計と睨めっこしながら競歩スタイルで会場へ到着したときにはすでに時計の針は17時を指していた。
赤レンガ倉庫を囲む芝生広場にはブロック・整理番号毎にいくつか区分けされていて、スタッフに番号を呼ばれるまで高校生クイズのようにそれぞれの区域で待機していた。待ち時間中に会場内にて知り合いのサザン仲間と何人かお会いすることが出来たのが嬉しい(これだからサザンのつながりは何よりも大切なのだ)。私が囚人のように番号で呼ばれ会場へ入ったのが17時10分。ステージとの距離が非常に近かったことが心臓の鼓動を1テンポ増幅させた。さすがに握手できるほどの距離ではなかったものの、こんな至近距離でライブを観れるなんてドームやアリーナではまずありえない。
17時14分。フロアDと覚しき人がステージに立って軽い前説をし始める。Aブロックの参加者が全員入ったことを受けての最初の前説だそうだ。小学校の時にあった全校集会のように”前へならえ”をして前の人との距離を等間隔に詰める。そして「ケータイでの撮影はダメよ」などといった収録における注意事項を軽く言った上で、今度はBブロックの参加者の入場が始まった。
17時30分。Bブロックの人たちが全員会場入りしたところで再びフロアDがステージに上がる。場慣れしているのか客を操るのが非常に上手い。客を指示に従わせなければならないのでどうしても言葉が説教調になりがちだが「いやぁ〜数千人が俺の指示に従うって気持ちいいなぁ〜」などとラフな冗談を交えながら空気を温めつつ、スムーズに準備を進行させていくその手腕は素晴らしい。日テレへのイメージが劇的に改善された瞬間だった。「みなさん、24時間テレビ見ました??」…「はーい」と元気良く手を挙げる私。欽ちゃんの目の前には大量の札束があったはずだ!などと視聴動機は不純ではあったものの見たことには間違いない。続いて「Music Lovers見たことあります??」…「はーい」と元気良く手を挙げる私。でもごめんなさい。実は…と思っていたらすかさず「何人かはウソついてると思いますが」のブローがステージからきてしまった(そう切り返しがくるとは予想していたが)。「今日は…もう言っちゃいますけど…桑田佳祐さんがライブをやります!!」…ぉぉぉぉぉ!!!と絶叫する私。拍手の練習を少しやってから再びフロアDはステージの奥へと去っていった。
何やらクレーンのカメラが観客の様子やステージをいろいろな角度から撮っている。私のような素人の目から見ても『Music Lovers』のスタッフさんはテキパキと動いていて、プロのチカラを感じさせた。会場に流れていたのは曲名こそ知らないもののどこかで聴いたことがありそうな洋楽BGM。するともう一回フロアDがステージに登場してきた。時刻は17時50分。この20分間のカメリハで少し客の配置がアンバランスであることが判明したので、Aブロックの人たちは少々後ろに下がることに。そしてここでもまた「ケータイ禁止」のアナウンスと拍手の練習(今度は男女別)が行われることになった。さらに注意事項として「興奮して上半身を脱がないように」とのご託宣が客に下る。「僕は良いと思うんですけどね…僕のお母さん世代の人もいるんで…映せる範囲内で…」と言い残しながらまたまたフロアDは奥へと引き込んでいった。
まだまだライブは始まらない。寸止めさせ続けて飢餓感を煽らせるスタッフはSだ!と心の中で絶叫しつつも、そんな私の隠れた叫びを知らないスタッフのみなさんは黙々と準備を進めていく。今度は楽器を持ってスタッフが桑田の位置に立ち、軽いランスルーが行われていた。カラーバーを持ったスタッフが行ったり来たりするなど慌ただしさが増していく…そして18時4分、今度は違うスタッフがステージに登場。いかにもギョーカイ人と言った雰囲気を醸し出したこのスタッフは、Bブロックの人に対して「前に来て」との指示を出していた。さらにアミューズからマネージャー米谷が登場。「えー、みなさん元気ですかー!!えー、そういうことでですね、えー」と「えー」を何回も連呼していてさらに話が聞きづらいという芸人としての品格が問われるハイテンションなMCが数分間続いていて、「まもなく始まります」の声と共に会場からは大きな歓声が一気に駆け巡った。
18時8分。ステージ上には誰一人としていなくなった。
18時9分。拍手が続く。いつ登場してきてもオッケー牧場!
18時10分。私のテンションが徐々に小島よしおへと変容していく。
18時11分。あのBGMを流されたら今にもオッパッピーと言ってしまいそうだ。
18時12分。興奮が止まらない。自分は今、桑田佳祐のライブを全身で感じようとしている!!
18時13分。まだ引っ張るのか…そろそろ出て来てもいいのでは…
18時14分。赤坂泰彦の『Music Lovers』オープニングナレーションと共にステージ右からメンバーが総登場!!今回はオグちゃんやパーカッションのゆうこさんもいる!!斉藤誠は今日も格好良くて思わず「まこと〜〜!!」と叫ぶ自分。メンバーが所定の位置へと移動していく。一曲目はなんだろう?全く予想なんてできない。これからどんなライブが始まるんだろう?興奮は抑えられない。理性まで爆発してしまいそうだ。やばい…このドキドキ感は心臓が破裂してしまいそう…
そして18時15分。ドラムのカウント後に照明が青く輝いてベースが『悲しい気持ち(Just a man in love) 』のイントロを奏で始めたとき、「ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」と思わず絶叫した私の前に「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」のポーズをしながら我らが桑田佳祐ついに登場!!!!赤Tシャツ+アロハな服を羽織っていた桑田は今日も絶好調な様子でステージを縦横無尽に動き回っていた。『悲しい気持ち』はライブによって若干アレンジが違うのだが(前回はベースイントロがカット、復活祭のときはイントロがキーボード etc.)、今回は久々に「さのさのさ」仕様の一番エキゾチックなバージョン。Cメロの「♪いついつまでも〜」のところから声を潜めながら「♪My sweet babe〜」で一気に爆発させる歌い方は「けいすけさん」仕様であり、あまりにも懐かしすぎて一瞬私は違う意味でハニカミ王子になってしまった。
「き〜〜んちゃ〜〜〜ん!!」今回は一曲目の後に桑田のMCタイムが始まる。「泣くわけなんかないだろ、なんて思ってたんですけど欽ちゃん見て泣いちゃいました。いつもに増して目が腫れぼったいでしょ。」…裏で日テレのスタッフ大喜びだなと思いつつもテレビネタはまだまだ続く。「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」この日の桑田はアイデンティティそのものが小島よしおに乗っ取られていたのか事あるごとに数年後には消えゆく運命にある一介の若手芸人のネタを実践しまくっていた(最初は「そんなの関係ない!」と”ねえ”が”ない”になっていたが客から指摘され後に修正)。「天気が良くてよかった!みんなのおかげで晴れた!」…まさにそうである。当日の降水確率も30%であったもののそんなお役所数値なんてあてにならぬくらい当日の天気は快晴だった。思い起こせば7年前の茅ヶ崎ライブだって前日までは雨予報だったのにもかかわらず当日は見事に晴れたわけであり、ここぞという時の桑田の晴れパワーはすごいということを改めて実感した。「今日はテレビの収録なんでおとなしめにします」…これは久しぶりに暴れまっせーというフラグなのか?「今日は日テレさんが素敵なモノを用意してくれているんで…」最初は何のことを言っているのかわからなかったのだが、夜空に舞い上がるアレといったらもはやアレしかなく、横浜でアレを見れることを私は心から嬉しく思ったものだ。やっぱりアレがなければ夏は終わらない!
実は今回のライブは会場外にも人だかりがいて、なんとチケットがなくても見れるようになっていた。招待客以外が見れないように外周に黒幕を囲うのが普通なのだが、心優しき日テレのスタッフさん達はそんな非人道的な行為を行わずに誰にでも見れるように解放していたのである(もちろん距離は若干離れているが)。そんな太っ腹なスタッフの行為とは裏腹に「どうせ無料で見やがって」と客をいびりまくる桑田、すると「(会場外にいる人)そっちスタンドにしますか〜、そしてアリーナ〜」と桑田によってぴあ的な区分けが即席で成され、以後MC毎にお馴染みのコールが飛び交うようになる。
baseよしもとの芸人よりも遥かに上手いMCが終わった後、2曲目『男達の挽歌』が始まった。アレンジは原曲とほぼ同じで、そこそこテンポも良く、声慣らしには最適な歌だということを再認識。ということは年末のツアー時のMC明け一曲目はこの曲がくるのではないかと思わず直感してしまった私。ステージ上の桑田は歌いながらクレーンのカメラと睨めっこしていて、他にも頻りにテレビを意識しているポーズが多かったのが印象的だった。テレビの収録なので当然ではないかと言われればそうなのだが、桑田はテレビ中継がない時でもテレビ用のポーズをよくとっている。曲と同時にダンディ・ハウスのCMで流れていた苦虫を噛み潰したような桑田の顔が浮かんでくればあなたも立派な桑田マニア。
曲が終わると同時にジャンゴ・ビートが会場内に鳴り響く。なんだなんだ??何の曲なんだ??そこで私は「これは『真昼の情景』に違いない!」と勝手に思い込んでしまった。『真昼の情景』は某会における私の2007年版メンバー紹介テーマソングであり、ついに『真昼の情景』が22年の時を経て日の目を浴びるときがやってきたのだと一人興奮していると、だんだん聞き覚えのあるキーボードソロが脳回路に入り込んでゆく。『スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)』の2001-2002仕様アレンジの登場だ。観客は原曲のイントロが聞こえてきてから歓声を上げていたが、私は前段階のマニアックなイントロですでに歓声を上げており、再びこのアレンジに出逢えた嬉しさと懐かしさで笑みが止まらなかった。Cメロ「♪Woman,say〜」の箇所(一部「Everybody say」に言い換えていた)は段々と音階が上がっていく原曲バージョンで、よく考えてみるとこの展開でプレイされるのは久しぶりではないか!もしや平成初!?50代の桑田が歌うとこの曲の妖艶な色気は犯罪的なモノへと変貌していく。
「きんちゃ〜〜〜ん、そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」どうせなら「そんなの関係ねえ」をしながら欽ちゃん走りをして欲しかったのだが、そんな密かな願いは叶わずに再びMCが始まった。「もし雨が降ってしまったら生田スタジオで撮ろうと思ってたんです」…そういえば最初の募集の時は開催場所に「川崎」とも書いてあったので、生田スタジオ=川崎ということでガッテン。「今年はツアー行くよー!」…そうだった、今年はツアーをやるのだった。ここで話はご当地ネタへと一気に加速していく。「沖縄から来た人いるー?」「四国から来た人いるー?」と聞いておきながら、「四国でやめとこうか。これ以上聞いてもメリットない」と冷たく突き放す桑田にささやかなる抵抗を行う観客。そして今度は「大阪から来た人いるー?」と聞かれ、「はい!!」と絶叫する私がいた。こんなに礼儀正しく直立不動で「はい」と叫んだのは記憶が確かである限り小学生以来であるが、桑田は私とは反対側にいた別の人に「今度おまえんち行くから」と言い放ち、残念ながら絡むことはできなかった。ああ無情。「名古屋からはー?みゃーみゃー言いやがって…無料で」…どうもこのライブが無料であることに引っ掛かっているらしい桑田、さすがは動く博報堂。「みそ煮込みうどんちょーだい。ちょーだいって言うことにしてるの最近」…至近距離だからこそ出来る観客とのクロストークが終わると波の音が聞こえてきて……確かに海はすぐそばにあるけど??んん??
斉藤誠のアルペジオから新曲『風の詩を聴かせて』が静かに始まる。観客に向かってきちんとお辞儀をする桑田。ちょうど空が暗くなってきたときで、潮風が心地よく身体に感じられて、先ほどまでの猛暑がウソかのように会場内には涼しさが充満していた。まさに野外で聞くには絶好のコンディション到来だ。この曲が主題歌となった映画は末期がんに冒されたウインドサーファー:飯島夏樹さんの闘病を綴った物語で、今頃どんな思いで飯島さんは聞いておられるのだろうかとこの曲を生で聴きながらいろいろと思いを巡らせていた。ひょっとしたら今、あの海に飯島さんがいらっしゃるかもしれない。曲調が飯島さんを呼び寄せている気がしてならない。がんという病魔に夢や希望を非情にも打ち砕かれてどんなに無念だっただろう…じーんとしてきた。涙が止まらなかった。たいていの悲しいことには涙が反応しなくなった私でも、海の近くで聞く『風の詩を聴かせて』にはKOされてしまった。この曲はラジオで一回聞いたきりで以後は意図的に聞かぬようにはしていたのだけれど、初めて生で聞くのがこういった素敵なシチュエーションで私は幸福を感じた。夏が終わりゆくこの瞬間に聞けた奇跡に感謝を捧げつつ。
アロハ服を脱いで今度はこちらも今年を代表する曲『明日晴れるかな』が奏でられる。そういえば長澤まさみと山ピーの恋の行方はあれからどうなったんだろうと思いを馳せつつも、またまた私は涙が止まらなくなってきた。この曲は大学生活真っ只中の5月〜6月に部屋でよく流れていて、聞いているとその頃に出会った人や風景などが走馬燈のように心の中に浮かび上がってくる。最初はどうなることかと不安を感じながら毎日を過ごしていたけど、とにかく頑張り続けた前期。「明日晴れるかな」と念じながら毎日ベッドに駆け込む私の姿がオーバーラップしてきて、気が付けば頬には涙が伝っていた。ラストサビの「♪明日晴れるかな」は原曲では子どもたちのコーラスによって彩られているけれども、今回は桑田がマイクを両手に持ちながらこちらへ向けて観客全員で「明日晴れるかな」と合唱できたのがとても良かった。明日も間違いなく晴れるはず!
間髪入れずにこれぞ男・桑田佳祐の魅力全開な『真夜中のダンディー』が始まっていく。焦臭いイントロは健在。5年前のソロツアーの時は全編わざと音程を外して歌われていたが、今回は原曲と同じ歌い方のノーマルバージョン。しかし「♪夢も希望も現在は〜」のところから音程を外したあのダイナミックな歌い方が復活し、しかも半拍子ズラして叩かれるドラムが私的にかなりツボにハマる。ちょっと叩き方を変えるだけでこんなにも印象が違ってくるのか!と感動。今回のライブでの音楽的なハイライトを一つ挙げるとするならば間違いなくここだろう。ちなみに最後のサビでは普通の歌い方に戻っていた。最近この曲の歌詞が身に沁みてわかるようになった私はもうおっさんなのだろうか…
アッパーな空気をさらに爆発させるべく『ROCK AND ROLL HERO』が会場内を突き抜ける。すっかり2年前のTFMライブを思い出してしまった私もここぞどばかりに一気にハイテンションモードへ。 この曲の場合はいつもBメロから自然発生的にジャンプが始まるのだけども、ここはライブでの気分爽快スカッシュポイントの一つ。「♪一度は僕らもHero(だった)」をみんなが口を揃えて合いの手していたのも応援団員だからこそ成せる業。ライブで聞くと半端じゃないほど格好良く、日本ロック界の『ROCK AND ROLL HERO』:桑田佳祐のファンで良かったとつくづく思う。締めの5回ジャンプをした後に「またやろうなぁ〜」と言い残してメンバー全員が裏へ引っ込んでいったのだが、その時に桑田は「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」とポーズしながら舞台を去っており、客もそれに合わせて「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」とリフレインしていたのがおもしろかった。本物の小島よしおが出てくることを密かに期待しつつアンコールの瞬間を待つことに。
…アンコールの呼び声と拍手が鳴り止む気配がない。桑田やメンバーはどんな思いでこの声を聞いているのだろう…と思っていたら、今回は比較的早く照明が灯ってみんながステージへ戻ってきてくれた。そして始まったのが『祭りのあと』。あまりにも毎回オーラスでやりすぎるので、この曲を聴くとサザエさん症候群を瞬時に発症してしまうのが困ったところだ。実は受付時にローソン前で並んでいたときにかすかにリハーサルの音が聞こえてきたのだけれど、その時に聞こえてきたのがこの曲だった。何度聞いても名曲は名曲。ラストのサビではメンバー全員がステージ前へ出てサイドステップを踏んでいたのが印象的で、これも今回のツアーでやるとみた。10回ジャンプをして雰囲気がだんだん”終わり”に近付いてくると、ふと海側からアレの音が聞こえてきて…そう、花火の登場である。桑田の曲を聴いた後に見る花火はまさに絶品。もう今年は見れないと思っていただけに感激もひとしおで、横浜の夜空に舞い上がった花火はこれからもきっと忘れないだろう。とにかくキレイだった。「このメンバーでツアー回りますんで!!」と軽くメンバー紹介をした上でメンバーがステージへと退散していってこれですべてが終わりなんだなぁ寂しいなぁと思っていたら、桑田だけがステージに残り・・・んん??まさか??ええ???
まさかまさかのボーナスタイムがやってきた!!!「ここまでがテレビ収録だけど…もっとやっていいですかぁ〜!」「ぉぉぉぉ!!!」ここからが本当の意味でのシークレットライブである。「みんなまた来年の夏も…いやいや違う違う。。。いつものクセでこれ言っときゃいいと思ってるんだよ!」と焦っていた桑田がおもしろかった。桑田の「来年の夏〜」は染之助・染太郎の「いつもよりたくさん回しています〜」と一緒であることが判明した瞬間。まだまだ年末まで桑田の夏は終わらない!!「時間大丈夫?」「ぉぉぉ!!」「まだやって良いか〜」「ぉぉぉぉ!!」「年が明けるぞ〜!!!」「ぉぉぉぉ!」と観客が温まってきたところでレスポールを持って何かを歌おうとしている桑田の姿が。レスポールで歌う??
「♪風に戸惑う弱気な僕〜」といきなり『TSUNAMI』が始まった。アコギの弾き語りならばそれほどレアというわけではないのだが、今回はなんとレスポールでの弾き語り!!これだけでマニアは涙モノ。かなり珍しいスタイルである。さらに私は茅ヶ崎ライブを思い出していた。あれから7年。あの日と同じ日に同じ県内で『TSUNAMI』を聞いている…舞台上の桑田が茅ヶ崎ライブの赤Tシャツを着た桑田とシンクロする。エネルギッシュな弾き語りはとにかくめっちゃかっこよかった。なのに間奏に入るときは「Wao」や「Woo」などのシャウトではなく「かんそう」と言っただけというギャップがおもしろい。観客も思わず苦笑。これはいいものを聞かせていただいた。限りなくベストテイクに近い『TSUNAMI』を聞けて大満足。
これで終わると思いきや家に帰るまでが遠足、まだまだスペシャルタイムは続く。何かが違う桑田佳祐2.0。「まだやっていいですか〜!!」と次は『希望の轍』が演奏された。ちょっとリフ間違えていたような気もするのだがそんな細かいことは気にしない!そんなの関係ねえ!この曲もレスポール弾き語りで、これは他のファンの方々もぜひ見て欲しいくらいワンダフルなテイクであった。一応日テレのテレビカメラは回されていたのでおそらく番組の総集編か何かで「蔵出し映像」として放送されそうな気配も感じないわけではない。曲を弾き終えると桑田が颯爽と奥へと去っていくのだが、そのときも「そんなの関係ねえ!」ポーズをしながら舞台袖へ入っていっており、桑田が小島よしおブーム真っ只中であることが骨の髄まで感じ取れた。
そして照明が明るくなってフロアDが登場。「僕が登場したということは本当に最後だということです」…「えっ〜」と思いつつもレスポール弾き語りの余韻で放心状態となっていた私。ここでフロアDから改めて放送日時について言い渡される。実は桑田が登場してからすべての曲を歌い終えてステージを去るまできっちし60分だった。が、放送時間は50分でなおかつインタビューが別撮りされるはずなので実質放送されるのは半分にも満たない!?「テレビで流れない曲もみなさん聴けましたねぇ」何が流れないんだろう?と思いつつジャンプしまくりで痛んだ脚を押さえながら私は会場を後にした。
テレビ番組の公開収録ではあるものの、時間が短いこと以外は実質的に普通のライブと何ら変わりはない。去年の「寅さん」ライブとは違って今回はきちんと生演奏でプレイされたし、野外ライブだったので花火も見れたし、桑田やメンバーを間近で見れたしで大大大大大満足のライブだった。そして毎度のことながらステージ上のみなさんから夢と希望もいただくことができた。次はツアーで会えることを楽しみにしつつ。ありがとう、桑田佳祐&メンバーのみなさん!!