2006年11月30日(木) in パシフィコ横浜国立大ホール
開演:19:09 終演:21:42

今年もAAAの季節がやってきた。AAA=Act Against AIDSはエイズ知識についての啓発活動を行っているNGOで、毎年12月1日の国際エイズデー前後には全国各地で各分野のアーティストが様々なイベントを催してその活動を盛り上げている。サザンオールスターズの桑田佳祐も1993年から毎年参加しており、パシフィコ横浜国立大ホールで行われる桑田によるカバーライブは今ではすっかり冬のヨコハマを彩る風物詩となった。
しかし本来はこういったイベントが風物詩と化すことは決して望ましいことではない。そもそもエイズが撲滅されればAAAの活動を行う必然性はないわけであり、発足から10年以上経った現在でもこのような活動をしなければならない、むしろその必要性がどんどん増している現況に私たちはもっともっと危機感を共有しなければならない。
残念なことにエイズを巡る状況は楽観視できるものではなく、しかも先進国で唯一日本だけが患者が増加しているという現実は心に重く突き刺さる。ではこの深刻な状況を前にして肝心の国家はいったい何をしてきたのかというと、実際は何もしてきていないに等しい。それどころか薬害エイズ訴訟で露呈されたように結果としてエイズを広めるような間違った政策をも施してきたのである。現実を見渡してもエイズに関しては未だ”注意喚起”レベルの”通達”しか国は手を打てていない。
医療の進歩によって必ずしもエイズ=死ではなくなってきて、たとえエイズに罹患したとしても長期生存が現代では可能となった。しかし現在有効な治療法は飽くまでも対症療法に過ぎず、根治療法は未だ存在しない。そんな革新的な治療も貧困に疲弊しているアフリカなどでは行うことができず、この点だけを抽出すればエイズの最大の敵は貧困であると定義づけられるかもしれない。しかし中国では富裕層にカテゴライズされるべき高級官僚が今やHIV危険グループとなっている現実もあるのである。つまり性行為に対する道徳水準の低さがエイズを蔓延させているのであり、これは日本にも当てはまるのではないだろうか。パートナーとセックスをするときは必ずコンドームをつける−そんな基本的なことですら十分に守れていない上に教育でも教えようとしないこの国の姿に私は非常に憤りと危機感を抱いている。
話を戻そう。桑田のAAAライブでは毎年何らかのテーマが設けられてそれに基づいて曲目が選曲される。前回(2004年)は「ブリティッシュロック」、私も参加した前々回(2003年)は「ディスコ&ソウル」、その前は「ビートルズ」(2001年)・・・桑田の音楽的なルーツをダイレクトに探ることができるので、サザン/桑田ファンにとってAAAというのは非常に貴重な機会なのだ。そして2年ぶりに開催される今回のテーマは「アメリカン・ミュージック」となった。
私たちの世代(1983年生まれ)にとってアメリカとはマクドナルドとコカ・コーラの国である。ベトナム戦争を知らなければ冷戦終結だって物心もついていない小さい頃の話。英語の授業で出会う陽気なアメリカ人こそが私にとってアメリカそのものであり、故にアメリカに対しての憧憬は桑田の世代ほど強くはない。桑田と同世代の浜田省吾の歌に『AMERICA』などアメリカに対する儚い想いを綴った曲がたくさんあるけれども、それらを理屈抜きで直感的に理解することは残念ながら出来ない。
同時多発テロ以来、自由の国であるはずの僕らのアメリカがギスギスした国へと舵を取ってしまった。イラク戦争だって一向に終わりが見えてこない。それでもアメリカが好きで、今でも行きたい国ナンバーワンな理由は(注記しておくが私はイラク戦争には最初から反対している)、アメリカ人の「Take it easy」で陽気な性格や文化に人生のヒントをたくさんもらったからだ。大学の英語の授業でアメリカ人の講師がやたらと「Happyになろう」を授業中連呼していたことが今でも印象に残っていて、あの日本人にはまず出せないノリがすごく好きで、今回のライブでもそんなノリが味わえるかもと思うとワクワクが止まらなかった。
私自身、大病を患い昨年のサザンオールスターズ「みんなが好きです!」ツアーには一回も参加できなかった。チケットもFC優先で手に入れて入院中でも何とか大阪ドームへ行こうとギリギリまで画策していたが結局ダメだった。今年の夏の夢人島フェスのときは退院こそしていたものの長時間の野外ライブはドクターストップとなってしまいあえなく断念・・・そういえば去年のRIJF2005だって入院直後で行けなくて、半券がついたチケットは今でも部屋の引き出しに眠っている。そして今回・・・やっと桑田に会えるときがやってきた。今度こそ本当に会える。嬉しくて嬉しくてたまらない。この一年間の様々な思いが去来する。コンディションを万全に整えて、いざ出陣。新幹線に身を揺らしながら私は一路横浜へと向かっていった。
11月30日18時。3年ぶりにパシフィコ横浜へと足を踏み入れる。AAAというのは映像だけで見てもその魅力は半減すると私は思っている。というのはパシフィコ横浜国立大ホールが持つ気品溢れる雰囲気、道中に通るランドマークタワーやクイーンズスクエアのセンチメンタルなムード、鐘が鳴り響くクリスマスツリー・・・これらすべてを全身で感じてこそAAAだからだ。会場内にてこの1年間会いたくても会えなかった人たちと再会し、お互いの「元気」を肌で確かめ合っていよいよ客席へと入っていく。
ステージに築造されていた重厚なセットを席から眺めてみると、舞台全体に金網が張り詰められていて上のほうを見上げるとヘリもあるではないか!そう、ここはこの日のために特設された米軍横浜基地なのだ。米軍基地は戦後が終わっていないことを 象徴する負の遺産であるにも関わらず、中央のメディアが積極的に触れようとはしない矛盾に満ちたグレーな存在。そんな基地を堂々とセットにまでした今回のライブは、なんとなく政治色が強いステージになりそうな予感がこのときした。
照明が暗くなり、かの有名なアメリカ国歌をBGMにオープニング映像がスクリーンに流れ始める。『世界の冠たるアメリカ 自由の国アメリカ 病み行くアメリカ 私が憧れたアメリカ・・・』。躍動感溢れるナレーションにこれから始まるライブへの期待が否応なく膨らんでいく。最後にナレーションはこの言葉で締めくくった。『Let the show begin!』。さぁ、Showの始まりだ。
まず会場に意表を突いて流れてきたのは私たちが住む日本の国歌「君が代」。その後、桑田のナレーションで明治時代〜太平洋戦争〜ポップミュージック世代に至るまでの日本とアメリカの関係が語られていく。どの出来事も私が生まれる遥か前のことだ。私が生まれた年はすでに日本は世界第二位の経済大国であり・・・なんて頭の中で考えていると軽快なリズムに乗せて3人のコーラス隊が音を刻むように登場してきた。そして赤いスーツに身をまとった桑田佳祐がついに姿を!ここ最近のライブではジーパンやTシャツなどラフな衣装が多かっただけに今日はスーツで非常に嬉しかったし、男の私から見てもかっこいい!聞こえてきたのは「♪シェ〜〜〜リ〜〜〜シェリベイベ〜」のファルセットが印象的な『Sherry』/The Four Seasons (1962) 。この曲が1曲目だなんて粋な選曲だなぁ・・・50になった桑田はチョコレートのCMあたりから急速にアダルティな魅力が醸成されてきたので、ファン歴10年目の私も今は違った魅力に酔いしれている。
照明が赤く染まってサイレンが鳴り響く。次にステージを覆っていた金網が取り除かれてメンバーが登場。仕切り直し的に 『That'll Be The Day』/Buddy Holly (1958) がプレイされた。なんかこうして聞いていると歌劇のオープニングソングみたいだ。次に流れてきたのは聞き覚えのある気鋭のメロディが五感を刺激する 『Oh Pretty Woman』/Roy Orbison (1964) 。私でもこの曲を知っているくらい日本でも有名な曲だ。リチャード・ギアとジュリア・ロバーツの同名映画は1990年に公開されたが、曲自体は60sの曲であることをこの日初めて気付いた(会場の両端に設置されたモニターでは曲が始まるとジャケット付きで曲名とアーティストと発売年が紹介されていた)。女性の兵隊がステージの上で行進、と思いきやステージでは桑田と前方の客とのコネクションタイム。パシフィコ横浜は横浜アリーナと違って比較的客席とステージの距離が近いので、憧れのスターとアイ(eye?愛?)コンタクトが間近で出来るなんてうらやましい限り。
「みなさんこんばんは〜1階2階3階元気ですかー?」・・・ライブではお馴染みの聞き慣れたMC。あまりにも聞き慣れすぎて日常生活でも桑田節をふと口にしちゃう弊害も。だけど生で聞くとどことなく嬉しい。「AAAも14年目になりまして・・・今回はクリス・ペプラーよ永遠にということでですね」・・・MC中に”クリス・ペプラーよ永遠に”と何回も桑田は言っていたのだけども、その真意とは一体?「どんな曲をしようかと思って・・・レッチリは高いし、レニークラヴィッツは高い・速い・強い」・・・初日は見事に三段落ちが決まっていたのに、WOWOWで観た最終日はスタートダッシュが遅かったせいかあまり上手く落ちなかったのはご愛嬌。「エアロスミス?やる?やるでしょ!!」と客をさんざん煽ったあげく「やらないよ」と冷たくあしらう桑田。そんな桑田に湧く客席。ひょっとして来年は桑田がスティーヴン・タイラーになるのか!?
MC明けはAAAでも落ち着いた曲 『Never My Love』/The Association (1967) からスタートした。やんわりとした曲調はアメリカの原風景を私の心に想起させる。続いての 『Turn! Turn! Turn! (To Everything There Is A Season)』/The Byrds (1965) では画面いっぱいにあの頃多くの日本人が夢見たアメリカの情景が映写されていた。Bメロのなだらかな盛り上がりが大人の音楽を思わせる。世界で一番豊かで自由が保障されている夢のような国:アメリカ。そんなアメリカのすべてを感じ取ろうと私はステージ両端のモニターにある歌詞+訳⇔桑田⇔映像⇔メンバーととにかく目が忙しかった。
『Do You Believe In Magic?』/The Lovin' Spoonful (1965) も軽快なナンバー。桑田が嫉妬するくらい絶賛モノの中シゲヲの間奏ソロが冴えていた。どこを見渡しても何一つ見えない広大な平地なんて日本ではまずお目にかかることなんてないだけにこの感覚は新鮮そのもの。『Proud Mary』/Creedence Clearwater Revival (1969) では今度は川の風景が画面に映写されて、まさに客席にいながらイーピー放送を体感することができた。「♪Rolling, rolling, rolling on the river.」の歌詞が心地よくて私も思わず口ずさんじゃう。楽しい。楽しい。本当に楽しい!今日、ライブに行けたこと。桑田に会えたこと。こうして音楽が聴けること・・・長旅の疲れなんてどこへやら。笑顔は止まることを知らなかった。
すると先ほどまでの空気とは一変して 『Up On Cripple Creek』/The Band (1969) が聞こえてきた。正直に書くとこの独特なリズム感に私は8曲目にして早くもイってしまった。河村”カースケ”智康の堅実なプレイに目が釘付けになってしまったのだ。2005年に斎藤誠・the bond(ちなみに由来はこの曲のthe bandから桑田命名)のライブハウスツアーへ行ったことがあって、黙々と叩くカースケのドラムを直近で観て私は魅せられたことがある。私のイメージではドラマーは豪快に叩く人が多いのだけれども、彼はどんなタイプの曲でも都市銀行の行員のように生真面目に叩いていて、今回のライブでもそんな自己完結に徹するカースケ流が光っていた。特にこの曲のように変則リズムが主体な曲の時は、個性が出てとてもおもしろい。
間髪入れずに 『Dixie Chicken』/Little Feat (1973) が始まる。このリズムはモロにサザンの『I AM A PANTY(Yes,I am)』 (1980) につながっていく。そういえば『I AM A PANTY』の歌詞に「♪Dixie Landのメロディ〜」なんてあったが、元ネタは何を隠そうこの曲である。最後は斉藤誠&中シゲヲのツインギター→片山敦夫のキーボード→桑田お得意のスライドギター→カースケのドラムでかっこよく締まって、この締り具合があまりにも絶妙で思わず「すごいねこれ」と独り言で呟いてしまった。
今度は気分を変えて 『Sweet Home Alabama』/Lynyrd Skynyrd (1974) 。映像にはアラバマの大地が広がり、「♪Sweet Home Alabama(スゥィ〜ホ〜ムア〜〜〜ラバッマ)」という軽快な響きのフレーズが耳に響く。続いての 『Ramblin' Man』/The Allman Brothers Band (1973) は映像からしてドライブミュージックのようで聴いていてとても気持ちが良い。アメリカの広闊な原野をオープンカーで疾走したいという情動に駆られ、この国の持っている「なんでもアリ」な懐の深さを音で感じる。桑田・中シゲヲ・斎藤誠のトリプルギターは圧巻。気持ち良さそうに力強くプレイする桑田の姿が印象に残った。
開拓時代を引きずっているアメリカな曲から180度一変して宇宙的な映像が会場を包む。『Woodstock』/Crosby, Stills, Nash & Young (1970) の抑揚をひたすら抑えて、感情を押し殺して、囁くように放歌するBメロがMr.Children『ジェラシー』 (1994) のようで・・・・少なくとも桑田が歌うタイプの曲ではないだけにここではマニア的に興奮。そんな神秘的な世界を堪能していたら、いつの間にやら 『Indian Reservation(嘆きのインディアン)』/Mark Lindsay & The Raders (1971) が始まっていた。スクリーンに映し出される荒野の夕焼けに佇む白馬と騎士・・・このシーンはまさに今話題のトワイライトプリンセスの世界ではないか!タイトルの通り”アメリカ先住民:インディアン”の曲なのだけど、私のような日本人にはインディアンの概念がどうもしっくりこない。もちろん理屈ではわかるのだが、世界に入り込むことがどうしても出来ない。西部劇を見ても何のこっちゃわからないのはやはり国の成り立ちが二国間では全然違うからであろう。
インディアン的なアゲアゲムードの後は何やらハードな匂いのする 『Purple Haze』/Jimi Hendrix (1967) 。桑田佳祐のソロライブツアー「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」 (2002) で演奏された『地下室のメロディ』の前フリはこの曲な上に、リードギターはそのときと同じ斉藤誠なのですっかり「♪魔法に魅せられた奴らの〜」が始まると思ってしまった私はやっぱりサザンバカ。ステージの上では炎が上がり、人体を模したモデルが妖艶なダンスを・・・曲調もハードだが、精神神経的なヤバさや破壊された交感神経をなぞるように展開されていくDangerな曲構成にだんだん桑田も壊れていき・・・するとさっきまでモデルが踊っていたステージの上が「六カ国協議」の首脳たちによって埋められているではないか!そして「北」の国の指導者が遠くで国旗を振っている。次に核ボタンを持ち出して・・・何の躊躇もなくボタンが押され、ミサイルが飛んでゆく・・・そして爆発・・・(WOWOWではこのとき客席の音声が完全にカットされていたのでシリアスな場面のように映っていたのだが、実際は突飛な演出に会場は沸いていた)。曲ラストでは特効としてトドメの大きな爆発。もちろん決して笑い事ではない。核や軍隊で紛争が解決できると未だに考え、血を流すことを庶民に強いる政治家たちに嫌な気分を抱くのはきっと私だけではないはずだ。
「どうもありがと〜」という桑田の声でメルトダウンな思惟から現実に引き戻してくれた。ここからはお馴染みのメンバー紹介が始まる。ちなみにWOWOWで放送された最終日はのっけから下ネタ全開(しかもまたウォシュレットのビデネタ)だったが、初日では下ネタは一切なかった。まずはDrums:河村“カースケ”智康。NHK教育の体操のお兄さんのような衣装にちょっと爆笑。どうやらみなさん衣装は自前らしい。Percussion:三沢またろうのノースリーブももちろん自前。Keybords:片山敦夫は安倍首相の昭恵夫人に似ているということで愛称も”アッキー”となっていた。確かにそうかも・・・もう一人のキーボードはフカマッチーことKeyboads:深町栄。いつ見てもやっぱり高見盛・・・さて、今回フィーチャーされたのがSax:山本拓夫。なんと雲好きらしく雲の名前ならば何でも答えられるそうだ。ある日、桑田と二人で歩いていたら特徴的な雲が空に見えてきた。「あれはなんていう名前の雲だっけ」と山本に話題を振る桑田。そしたら「○○雲」(マイクのボリュームが下げられてて聞こえなかった)と答えて、斎藤誠を伝って桑田にもその名前が届いたが・・・どうやら間違って伝えられたみたいで思いっきり違う雲の名前を桑田はマイクで口にしてしまい斎藤誠を追う一幕も。今回のトランペットはTrumpet:西村浩二。ロシアの血が混じっていてスパイのようなコワモテな風貌だけども繊細な音を出すアンバランスさがGood。そしてコーラスは5年ぶりにChorus:清水美恵師匠が帰ってきた!セオーノの頃からのシェーも健在。今回のコーラスはChorus:安奈陽子とのツインだ。紹介が終わった後はお着替えのためにステージ奥へと去っていった二人。ステージではGuitars:中シゲヲ、Bass:角田俊介と実力派アーティストの紹介が続き、Guitars:斎藤誠のときは客席から大きな歓声が。私も斉藤誠のような永遠のギターボーイでありたい。そしてラストは「くわたけいすけです」と少し巻き舌気味に早口で自己紹介したVocal&Guitars:桑田佳祐。
「夏ももう過ぎたということで・・・ビーチボーイズやりましょう!」との桑田の掛け声で季節外れのビーチボーイズメドレーがスタート。まず最初の曲は『Surfer Girl』/The Beach Boys (1963) 。今にも山下達郎が出てきそうな特徴あるメロディラインを海の映像と共に生で聞けるなんて幸福だなぁ(船長風)。でも本当に季節外れだ。。次の 『Fun, Fun, Fun』/The Beach Boys (1964) も青い渚を走るビーチサウンズ。ステージの上にはかわいいチアなミニスカの子がいっぱいいるのが四季折々の風景を無視していて実にいい味を出している。曲そのものはアメリカのホームドラマが好みそうな世界観。続く 『California Girls』/The Beach Boys (1965) のイメージはみんなでターキーを食べながらのホームパーティー?
少し季節が合ってきた感のするメドレーのラストを飾るのは 『Good Vibrations』/The Beach Boys (1967) 。この曲で一気に夜の世界へ・・・無機質な映像効果とズキズキなバイブレーションを具現するリズムがエキゾチックであり時にエロティックでもあり・・・どんな訳が当てはめられているのだろうかとふとステージ端の歌詞モニターを見てみると、んん??なんで村西とおるやら黒木香やらのエロクラシックなフレーズがあるんだ!!思わず爆笑してしまい、歌詞も気になるがステージも気になるという二重の欲望に悩まされることに。ラストにはまたまた6カ国首脳+北の国の指導者が仲良く(?)出演。始まったときはものすごく爽やかだったのに、こんな感じでメドレーが終わっていくとは・・・
完全に場面が切り替わる。一気に雰囲気が神道チックになって映像には鳥居の姿が映し出される。客席両端にある非常口からはお神輿が・・・実は私は非常口から最も近い場所でライブを観ていて、ビーチボーイズのメドレーが始まったあたりからなにやら係員が無線などを使ってソワソワとしていた。そして数人の係員がドアの前に整列しているので何かあったのかな?と横目で思ってはいたのだが、まさかこんな粋な演出があるとは・・・そこには清水美恵師匠がいた。お経が鳴り響きここからが本日一番の見所 『You Keep Me Hanging On』/Vanilla Fudge (1968) 。和の世界と洋のハードロックを合成させると毒の化合物が産出されると思うしかないくらい刺激的な瞬間だった。赤いライトが会場全体を照射して、スクリーンでは綻びる蕾の姿が音楽に攻撃を仕掛けている。ステージの桑田の両端にいるのは霊か!?今のアメリカに対して「和」が怒っているのか?それとも日本の政府に対してか!?政治的な”含み”を残しつつ胡乱なリフレインは止まらない。
BGMは引き続きお経で 『Touch Me』/The Doors (1969) 。歌いだしは「♪C'mon C'mon・・・」という直球な桑田節で、死と情愛をテーマにしたディープな曲だ。桑田は花を手に携えながら歌っている。映像はこの曲でも鳥居が無限に現れて花が・・・そうこうしているうちに途中から山本拓夫のサックスソロが始まった。山本のサックスはサザンで聞き慣れているせいかオーソドックスかつ力強い。ところがトランペットの西村浩二の場合は見た目とは裏腹に割かし堅実にプレイしていたので二人の対称的な姿がおもしろかった。奏者チェンジの時のジングルめいたメロディと映像が見事にリンクして花が咲いて・・・ここが文句なくかっこいい。完全に陶酔した瞬間。私のテンションもどんどん上がり、DJ OZMAの後ろ姿が見えてきた。
あまりに強烈でカロリー過多な演出が続いたのでお腹がいっぱいになってきたのだが、ステージ上には神主や巫女が並んで 『Happy Together』/The Turtles (1967) が始まっていた。Aメロは深刻な世界観なのだけど、「♪パッパラッパー」のメロディが世の中すべてを帳消ししちゃうような構成が印象的。この世の中にはいろいろと複雑な問題はあるけど、結構パッパラッパーで解決しちゃうかも・・・日本には元来より「徳政令」のように大ピンチに陥った場合に「パッパラッパー」的にすべてをリセットするような風土があるけれども、腰抜けた拍子のこのリズムを聴いていると混迷を深めすぎた日本もそろそろリセットの時期がきているのか?と感じてきた。ステージをずっと鑑賞していて気持ち的に救われた一曲。
「アコースティックコーナ〜〜!!」。ギターを持ちながら桑田が座っている。同時に客席も座り始めた。後ろを見渡してみると桑田のライブでは珍しくほとんど座っていたので私も失礼させて座らせてもらった。ライブ中に着席したなんて初めての経験だ。エイズは前述したように深刻な様相を呈しているのにもかかわらず、普段は全く報道されないことを桑田は嘆いていた。そのことが結果として・・・・・これから披露される曲はhappyhappyな時代から病みゆくアメリカになった頃の曲がメインとなる。
まずは『Mrs.Robinson』/Simon & Garfunkel (1968) から。桑田の”ロビンソン”の発音が最高に良い。流れるような曲構成が聞いていてとても心地が良く、世界的大ヒットになったことも頷ける。照明だってそんな構成に応えるように貫流している感じだ。斉藤誠+中シゲヲのアルペジオも相変わらずかっこよくて、本日のステージはまさしくGreatful。
「スペシャルゲストがきていますよ。馬車道のほうから今日も・・・原由子さんです!!」という紹介のもと馬(!?)に乗ってロデオボーイのような衣装で今年も原坊登場。この2ショットはいつ見ても感動モノで、登場して二人が並んでいるだけで私の涙腺はウルっときてしまった。ファンとして一番幸福を感じる光景である。「原さんはギターも上手いんですよ」というわけで(初日はいろいろいじられてた原坊、最終日はカット)斎藤誠も交えて 『Cruel War(悲惨な戦争)』/Peter, Paul & Mary (1962) 。ここだけ世界はベターデイズだ。この曲は愛する人を兵隊にとられてしまう物語で、いかに戦争というのが罪のない個々人の運命を翻弄し悲惨なものであるかがよくわかった。それにしても桑田は素敵な歳の取り方をしている。この曲を「MERRY X'MAS SHOW」の時にプレイしてもさほど説得力は持たないだろうけど、今やるとものすごく重みを感じる。一人の壮年を迎えた人間として後世に伝えなければならないこと・・・50の桑田が歌うからこそ意味を成すメッセージ性溢れる名曲だ。
桑田のナレーションでベトナム戦争から同時多発テロを経て現在に至るアメリカの略史が語られる。そして始まったのが『Raindrops Keep Fallin' On My Head(雨に濡れても)』/B.J. Thomas (1969) 。『口笛とウクレレ』というムクちゃんのソロアルバムでこの曲をよく聞いていたので個人的にも好きな曲だ。スクリーンでは戦地での写真がスライドで映し出されていた。私も大学の授業で戦争写真展を見に行ったことがあって、そこでむごすぎる写真を数多く見てきたけど、あの写真を見て私は絶対に戦争へ加担してはいけないと心に誓った記憶がある。こんなことをするために生まれてきたわけではないし、人を殺し合うほど人間は下等な生物ではないはずだ。雨に濡れても雑草のように力強く生きていけ・・・会場に映し出された写真の数々を見て雨粒一つ一つにも人間にとっては意味があるんだと感じてきた。
雨は悲しいだけじゃない。今度は雨に笑顔を送ってみよう。『Laughter In The Rain(雨に微笑みを)』/Neil Sedaka (1975) は心が洗われる一曲。当日の天気もまさに雨上がりで、”晴れてくれてありがとう”と雨の痕に微笑みを投げかけたい気持ちだった。そういえば泊まったホテルのボーイがエレベーターの中で雨が上がったことを笑顔で説明していたっけ。曲の途中で麗しきコーラスの女性に囲まれた桑田がダンスしていて、私も思わず一緒に行った連れと腕を組む。反対側が知らない人でも思い切ってやってみようか、なんて思ったりもしたが、そもそも反対側には通路しかなかったという・・・
ベトナムの戦禍を潜り抜けて待っているものは未曾有の経済繁栄だった。『I.G.Y』/Donald Fagen (1982) の世界観が示すのはまさにそんな世界。映像には高層ビルが建ち並んでいて、フロントがミキサーになったりコンピュータになったりカネが降ってきたり・・・ここには従来のシマ的国家とは違った成熟した経済国家としてのアメリカの姿があった。
ちょっぴりアダルトなイントロから始まる 『The Stranger』/Billy Joel (1977) も現代社会の暗部を照射している。アメリカは確かに豊かな国にはなったけど、人間の欲望なんて青天井であって未だにいろんな社会問題が跳梁跋扈している。新聞を開いてみるが良い。醜いNewsがこれでもかと羅列されているではないか。そんな記事たちが映像でも映し出されていたが、ふいに飛び込んできた《Think about AIDS》という言葉にドキっとした。白地で綴られた文字はサブリミナルも手伝ってさらにメッセージ性を強めていて・・・こういったイベントの時にしかエイズのことを考えない人たちに対しての桑田流の警鐘だったのだろう。ちなみに最終日は赤地+大きな文字で《Let's think about AIDS!》に変更されていた。
次に工場の排煙が映し出される。聞こえてきたのは 『Allentown』/Billy Joel (1982) 。前曲に引き続いてサザンの曲でも何回かモチーフとなったビリー・ジョエルの曲だ。アメリカはどこへ行こうとしているのか?どこへ向かっているのか?How I Wonder 教えて?ラストの音が何かを暗示していそうで怖い。でもフカマッチーのコーラスフリはそんなことを忘れさせてくれるほどかわいかったことをここに記しておく。んん??あややよりかわいい?いや、そこまでは・・・
会場には鐘が鳴り響く・・・そういえばもうすぐ12月。12月といえばクリスマスだ。クインズスクエアには今年もキレイなツリーが建立している。カーペンターズの永遠の名曲である 『I Need To Be In Love』/The Carpenters (1976) が始まったとき、思わず「桑田、これは反則だよ」と思ってしまった・・・それほど私はグッときてしまった・・・完全にライブの世界にハマりこんでしまっていただけに、この演出は嬉しかった。横浜で聞くこの曲は格別なものがある。去年、私はクリスマスを肌で感じることができなかった。病院で食べたローストチキンとエビピラフが今でも脳裏に焼きついている。でも今年は違うんだ。こうやって聞くことができている。ありがとう。私は幸福者である。映像のクリスマスツリーにも涙・・・最後に一言「Merry Christmas」。
さあ、がらりとシーンが変わってサザンの年越しライブ「ゴン太君のつどい」(2000)のメンバー登場ソングでもある 『My Sharona』/The Knack (1979) がプレイされた。待ちに待った盛り上がりコーナーの幕開けだ。サザンや桑田のライブはどことなくノリがプロレスなので、男としては野獣のように興奮してしまう。前曲『青春の輝き』に至るまでの曲群はいろいろと考えさせられるものが多かっただけに最後はノリ一発でHappyになりたかった!桑田の舌も声も絶好調!!!
次に流れてきたのは 『We're An American Band』/Grand Funk Railroad (1973) 。サビで「俺たちこそがアメリカのバンドだ!」と豪語しちゃってるだけにかっこよさはピカイチ。「♪We're an American Band」の輪唱は回を重ねるごとにヒートアップ!そして妖気なイントロと共に元祖ビジュアルロックバンドKissの 『I Was Made For Lovin' You』/Kiss (1979) が始まった。ステージの上では燃え盛る炎とともにあのメイクが・・・くるか?くるか?くるのか?と私も桑田の声を全身で受け止める。サビではまた歌詞が大変なことになっていたが、なぜかネコマネで応酬する私。コーフンしてきてカースケのドラムの音に合わせてHigh Jumping!!映像ではペリーがKiss仕様になっていたがそんなことは私には関係ない。途中のクラッカーを用いた桑っちょ三段落ちは名誉のためここでは割愛。
『Long Train Runnin'』/The Doobie Brothers (1973) はザッツ80sなミッドナイトディスコミュージック。会場が一瞬3年前のAAA「栄光のDISCO&SOUL」になった感じがした。こういったオシャレな曲はパシフィコ横浜の持つ雰囲気とやたらフィットする。ラストのラストは「♪ニャ〜ニャ〜ニャニャーニャッニャー」の 『Centerfold(墜ちた天使)』/J. Geils Band (1981) 。両手を横振りしてみんなでニャーニャーニャー!!紙吹雪がステージ上にたくさん舞って最高のラストを飾ることができた。よかったよかった!充実感でいっぱいの本編で、私はずっと興奮を抑えることができなかった。
カーテンコールでしばしの休憩・・・最終日は昔の給食やテレビネタのナレーションがあったが、初日は何もなし。しかし拍手は地響きのように連なっていた。そしてAAAのTシャツに着替えたメンバーたちが再登場。アンコール一発目はプチアコースティックなスタイルで世界的ヒットソング 『Hotel California』/The Eagles (1976) が演奏された。歌謡曲にも通ずる哀愁漂うメロディラインがおそらく日本人も引き寄せたのだろう。私でも知っているほどの有名曲である。間奏の誠&シゲヲのツインギターのときに桑田はスタッフを呼んで長々と指示出し。何の指示だろう?ちなみにサザンの大規模野外ライブ「ホタル・カリフォルニア」はこの会場の近くの臨港パークで11年前の夏に開催された。
「また来年やりましょう。うん、来年もきっといい年になるよ」。桑田の来年何かやりますかー発言は茅ヶ崎ライブから夢人島に至るまで今や会社を動かすほどになっているので、そう迂闊には言えないらしい。印象的だったのはこの後の言葉・・・「長い冬ですけど・・・冬は必ず春となりますから」。これは確か宮本輝の小説「ここに地終わり、海始まる」で出てきたフレーズのように私は記憶している。「冬は必ず春となる」という言葉だったと思うが、桑田の姿をずっと見ててこの言葉は自分に言い聞かせているような感じがしてならなかった。私は別に売れようが売れまいが、こうやってライブでカバー曲でもいいんでたくさん聴かせていただければそれで充分幸福なのだけど、世間はそうとは思っていないようで・・・難しい問題だ。
だんだん桑田のMCが”締めモード”になってくるとライブも終わりが近づいているんだなということで寂しくなる。次に始まったのが 『Daydream Believer』/The Monkees (1967) 。ここでもネコマネをして喜ぶ私。桑田が「宿題やったか?」とか「歯磨いたか?」と連呼していたのはステージ上方に出てきた聖歌隊とリンクさせてドリフの全員集合のマネをしているのではないかと後で教えてもらう。しかし私はリアルタイムで全員集合を知らないのであまりよくわからなかった。残念!
ラストのラストは原坊もステージに出てきて 『Hungry Heart』/Bruce Springsteen (1980) 。ステージを端から端へと移動する桑田のサービス精神はファンとして非常に誇りに思っている。今、ここに私が存在していること。ヨコハマにいること・・・とてもうれしいことであるし、このうれしさを老衰まで感じ続けることは私の人生の新たな目標でもある。ラストは3 Times Jumping×3で終わり。最後に出演者のみなさんが出てきて手を挙げてバンザイしたとき、私の目には涙が溢れていた。これだけたくさん楽しむことが出来てとにかくすっごく幸福だった。毎回ライブへ行くと桑田佳祐のファンになって本当に良かったと心から思う。私の身にいろんなことが降りかかった1年だったが、ライブに行けたらそんなことはどこへやら。また来年もみなとみらいへ行くことを心に決め、私は仲間たちと共に夜の桜木町へと消えていった・・・
素敵なライブをありがとう、桑田佳祐。