2003年12月4日(木) in パシフィコ横浜国立大ホール
開演:19:10 終演:21:43

2003年の後半といえばおそらく人生において最も開放的に過ごしていたと今にして思う。基本的に毎日遊ぶことしか考えていなかった。そんな中で開催されたのがこのAAA。夏ツアーへ行けなかっただけに11月中旬くらいから本番当日をこれでもかと待ち焦がれたものだ。この年は毎年恒例の年越しライブがなかったので実質的な年越しライブともなった。
ライブ当日、横浜へ着いてから少し時間があったので中華街で昼食をとった後はみなとみらいを探索していた。ここがまた胸キュンなデートスポットで・・・一つ一つの風景がトレンディードラマの1シーンと化している。サザン関連で一番似合う曲と言えば「Kissin' Christmas」?パシフィコまでの途中の道のりにあった大きなクリスマスツリーもとてもキレイだったし、一気にみなとみらいが大好きなスポットになった。観覧車と豪華客船と港のマッチングが神戸のモザイクのようでせつない。
このライブでは公式アナウンスで”必ずとびきりのおしゃれをしてきてくださいね”とあったので、それに気をよくした目立ちたがりの本性を持つ私はかなり気合を入れてマツケンサンバのようなド派手衣装を着ていった。ライブ会場に向かう前に着替えたのだけど、そのときに一緒に行った子にこの衣装を見て「一緒に歩くの絶 対ムリ」と言われてしまい、結局みなとみらいじゃなくて裏通りをずっと歩かされるハメになり(しかも距離を離される)・・・そのうちだんだん私も周囲の目線が気になりだしてきて、結局会場内では普通の格好で見ることになった。
最終日でWOWOWの生中継が入っていて且つこの年は年越しがなかったため、会場内は熱気ムンムンだ。ライブ前にはパパイヤ鈴木によるダンスレッスン。これがホテパシなんかよりも全然難しくて、覚えるのに四苦八苦・・・そしてサイレン音と共にいよいよライブがスタート。オープニングはダンスビート風のベートーベン「運命」。次に幕が上がってBGMと共にメンバーが出てきて、その後会場が一瞬暗転して「♪Baby Baby〜」と歌いながら桑田がステージ上から登場してくる。この一連の流れは今でも刺激的で印象に強く残っている。
2曲目の『Stop! In The Name Of Love』を聞いていてどうしてか知らないが涙が止まらなくなった。何に対して泣いてたのかはわからないけれども、桑田の声とまたこうして再会できたことがとても嬉しかったのだ。桑田の歌声は一声だけでもその世界にグイっと引き込まれる魔力を持つ。曲はほとんど知らない曲ばかりだったけど、とにかく私は自分なりに踊り狂っていた。ライブへ行くと隣の席はなぜかいつも通路になっているので、実質2人分あることを利用してライブ中はひとりディスコ状態。
もう一つグッときたシーンが原坊とデュエットした『Endless Love』。これは最高のテイクといっても過言ではないだろう。何かと恋多き時期だっただけにリアルで聞いたときはストレートヒットですごく感動した。ラストのほうになると桑田に招かれてステージ上に客が上がっていって、私だって上がりたいというフラストレーションに思いっきり駆られてしまったが、2階席だったので物理的に無理だったのが今にして思うと悔やまれる。踊り狂っていたので終わった後はフラフラで・・・このライブからしばらくの間、サザンファン熱は沸点に向かってさらに上昇し続けることになった。
翌朝・・・ホテルで「めざましテレビ」を見ていると昨日の映像が放送されていた。パシフィコにも左右にスクリーンがあるのだけれど、AAAの場合はライブ映像ではなく歌詞がずっと流れる。なのでステージ上の姿というのが遠い席からだとわからない。それだけに「桑田はこういう感じ,こういう表情で歌っていたのか」ということを映像で改めて知ることができて良かった。それにしても早朝の横浜は原坊の『Misty Morning』が似合う。
実はライブ後にエイズ啓発のAAAパンフレットも申し込んでおり、そのパンフがポストへ届いたのはもう季節がすっかり春となってこのパンフの存在自体も忘れてかけていた5月のことだった。このライブの本来の趣旨は”エイズの正しい知識を広める”ことなので、私もいろんな人にこのパンフレットでエイズに関する知識を広める機会を持ったことをここに記しておく。先進国でエイズ患者が増えているのは日本だけ。日本人は正しい知識を得てもう少し危機感を持たなければならない。