医療の最近のブログ記事

ISBN 978-4-12-101611-9がんを病む人、癒す人 あたたかな医療へ
比企 寿美子
中央公論新社 2001-10-25
[中公新書 1611]

by G-Tools


「どんなに悪い状況でも包み隠さず全部話してください。
 そして毎回のデータは細かいところまですべて見せてください」

これは私自身が骨髄移植を受ける際に、主治医に対して要望したときの言葉だ。
移植中は毎日採血があって、生死に関わるような危険な検査値が頻出する。
数字というのは正直なもので、無情なまでに符号化されたバロメータは死への恐怖を助長させていくものだ。

しかし私はすべてを知りたかった。たとえ自分にとって都合の悪い事実でも隠されるのはイヤだった。
そしてもしも治療不能に陥って死期が近づいたとしても、私はどれだけ生きられるかを具体的に知りたかった。
せめて最期の時間は自分でコントロールしたいし、何も知らないままでは黄泉へも満足に逝けない。

さて現在の医療現場において「がん」はほぼ100パーセント患者本人に告知される。
告知後の患者の反応は様々であり、冷戦沈着に受け止める人もいる一方で悲嘆に暮れて取り乱す人も少なくない。
本書は「がん」に罹患した人の心象風景を追ったヒューマン・ドキュメンタリーで、
特筆すべきは医師側からの視点で「がん」という病を捉えていることだ。
「がん」を診る側である医師がいざ「がん」になったとき、医師がどういった心境に陥るかという描写は
なかなか興味深いものがあり、死の前ではたとえ医師であっても一人の人間であることがよくわかる。

中でも本書の中心を占めているのが個人病院の院長を務めていた"恩チャン"の話だ。
同窓会ではいつも裸踊りを披露する外科医の恩チャンがたまたま受けた健康診断で膵臓にがんが見つかってしまった。
膵臓がんというのは自覚症状に乏しく且つ非常に難治性のがんで一般的に予後は厳しい。

そんな医学の常識を知らないはずのない恩チャンはなぜか平然として「俺は元気だ」と言い張る。
目の前にある現実を認めたくないからなのであろうか、痛々しいほどに元気さを必死にアピールしていたが、
そんな強がりも徒労に終わって病院へ入院することとなり、再発を経て恩チャンの体は日に日に衰弱していく。

そして死期が近づいてきて、なんと恩チャンはキリスト教へ入信することになったのだ。
最も宗教とは縁遠そうな屈強な外科医が、死を目前にして藁にも縋る思いで十字架に飛びついていく。
がんの場合、死がこれでもかと牙を剥き出しにして生々しく終末期が迫ってくるので、
医療のプロである医師と雖も出口の見えない底無しの恐怖感に突き落とされてしまうのが現実なのだ。

そんなとき、病む人に対して癒す人は何をすべきか。
もう治療法がなくただ死を待つだけの患者に対して医師は何を持って接すれば良いのか。
本書では医師の資質についても深く掘り下げて言及されている。
技術や知識があっても「心」を忘れてしまっては最適かつ人間的な診療ができるとは思えない。
かといって情に傾きすぎて客観的な視点が失われてしまっては病を診ることはできない。

ある医学部の教授は理想の医師像についてこのように語っている。

「結局、いろんな経験をした人の方が患者に対してもいいと思われます」 (p208)

医師や看護師のさり気ない一言が、時としてがん患者の生きる希望の光へと繋がっていく。
専門的な「医」を習得している医師よりも人間味溢れる医師のほうが患者としては付き合いやすい。
そしてその人間味の良さを構成している要素こそ"人生経験"というわけだ。

『がんを病む人』と『がんを癒す人』の間にあるものとは。本書からヒントを見つけていきたい。

ISBN 978-4-00-431067-9がん緩和ケア最前線
坂井 かをり
岩波書店 2007-03-20
[岩波新書 新赤版1067]

by G-Tools


『緩和ケア』という言葉にみなさんはどういったイメージを抱くだろうか。
一般的にこの言葉はどちらかというとネガティブな意味で捉えられがちである。

例えば医師に「緩和ケアされますか」と勧められた場合、
「もう何の治療も出来ないのでせめて痛みぐらいはとりましょうか」という消極的なニュアンスであることが多く、
医療現場ではまだまだ"緩和ケア=終末期医療"の方程式が成立することが多い。
緩和ケアに移行することは"死"へのカウントダウンとほぼ同義なのだ。

しかし本来緩和ケアは何も終末期に限った話ではない。
むしろ初期の段階からしっかりと痛みをとる治療を行うことによって、
患者のQOL向上、そして病魔と立ち向かう前向きな気持ちを育むことになり、
人間としての尊厳を守りつつ有意義な人生を全うできるようになる。

本書はそんな『緩和ケア』の最前線をルポした一冊だ。
東京にある癌研有明病院の緩和ケア病棟が実践している先進的な試みを紹介し、
そこで働く医療従事者や患者・家族の切実な声からあるべき『緩和ケア』の姿を探っていく。

がんに起因する"痛み"、化学療法の副作用による"不快な症状"...
一般病棟でも痛みに対しては鎮痛剤やモルヒネ、化学療法の副作用に対しては制吐剤などが用いられるが、
それは従来の医療では「おまけ」みたいなもので、それほど真剣に緩和ケアはされてこなかった。
むしろ「それくらい耐えろ」という暗黙のメッセージを医師から感じて、
治療のためならばひたすら「耐える」患者だって決して珍しくはない。

でも痛みや苦痛なんてないに越したことはない。心身を消耗して人生に泥を塗るだけだ。
一切の苦痛なしに治療が続けられることを望むのは果たしてワガママで虫がよすぎることなのだろうか。
そんなことはない。痛みなんてとれるものならば徹底的にとったほうがいいに決まっている。

「がんを抱えることになっても「苦痛がない」ことが、
 どんなに患者本人、そしてその家族の負担を減らすことになるか......」 (p217)

痛みをとる治療をやることによってがんそのものが快方に向かうわけではない。
現に本書に登場する緩和ケア病棟の患者たちも結果として不幸な転帰を辿っている。
しかし緩和ケア病棟で治療をしている患者の顔は皆生き生きとしていた。
海外旅行へ行き、外泊を重ね、復帰を夢見て、毎日を懸命に生きていた。
ある末期患者が著者に発したこの言葉が私には忘れられない。

「私は、ここでなら治療を受けている、という実感がある」 (p32)

国民2人に1人ががんになる時代。がんは決して対岸の火事ではない。
いざあなたががんになった時、『緩和ケア』に対する知識があるかないかで人生は変わってしまう。

『緩和ケア』について理解を深めたいときにオススメな一冊。

ISBN 978-4-12-150181-3命に値段がつく日 所得格差医療
色平 哲郎+山岡 淳一郎
中央公論新社 2005-06-10
[中公新書ラクレ 181]

by G-Tools


生涯の内で医療に一度もお世話にならない人というのはまずいないだろう。
逆に言えば誰しもが医療と何らかの関わりを持ち、その頻度は齢を重ねるにつれて高まっていく。

だからこそ私たちは未来の自分のためにも医療問題に対してもっと敏感にならなければならない。
勤務医の激務振り、産婦人科医・小児科医が都市部でも不足しているという現実、
逆に多すぎる歯科医師の存在(私の家の周りではコンビニよりも歯科医院のほうが多い)、
大病院と診療所の連携、医局と関連病院の関係...
医療を取り巻く社会的な問題はどれも喫緊の課題であり、このまま放置しておくことはもはや許されない。

本書は現在、医療現場で起こっている数々の社会的な問題を羅列し、
言うならば『医療社会学』の観点から医療の未来を見据えたジャーナリスティックな一冊だ。
若干構成が雑ではあるものの、全体で何が問題になっているのかという一通りの知識は身に付く。

中でも特に力を入れて詳説されているのはいわゆる「混合診療」をめぐる問題だ。
これは小泉構造改革の一つであり、一時期は新聞の社説欄を毎日のように賑わせていた。

混合診療とは保険内と保険外の治療を組み合わせることで、
現在日本ではこの行為を行うと患者が全額負担となってしまい、事実上禁止されている。
小泉改革では「混合診療」を全面解禁する方向で動いているが、
もし仮に混合診療を認めるとなると金持ちに圧倒的に有利な医療制度が確立されてしまい、
国民皆年金を支える平等性が収奪され「命に値段がつく日」がついに日本でも到来することになる。

が、そうは言っても「高度先進医療」制度の存在で混合診療は部分的に解禁されているのも事実だ。
(心臓移植などの高度先進医療は保険適用外だが、例外的に混合診療が事実上認められている)
またいわゆる「差額ベッド」も「特定療養費」制度の存在で認められていて、
「命に値段」とまではいかなくともそれに近い状態に近づいていることは誰しもが認めるところであろう。

果たして経済力によって治療や療養環境が選別されるのは国民にとって良いのか悪いのか。
株式会社が病院に参入して市場原理の下で経営していくのは医療にとって吉か凶か。
その答えは今は誰にもわからない。本書はその答えを見いだすための一つの道標だ。

ただ肝心の内容がやや散漫になってしまっているのが残念でならない。
タイトルに『命に値段がつく日 所得格差医療』とあるように、
格差を助長させてしまう元凶である「混合診療」の問題に目を向けているのはいいのだが、
他の章では長野モデルや医療教育について長々とページが割かれており、
結局この本で著者が一体何が言いたいのかという"核"がピンぼけしてしまっている。

さて本書では最後に次の言葉で締め括られているのでここに引用してみたい。

「米国に学ぶ面も多いのだろうが、こと医療制度に関しては、
 WHOの指標を持ち出すまでもなく、日本のほうが優れている。
 自信をもっていいはずだ。」 (p215)

日本では無料が当たり前の救急車も星条旗の国では一回あたり数万円。
なんやかんや言っても日本の医療制度は世界的に見れば充実している。
でも充実=問題なしというわけではない。驕らず高ぶらず冷静に医療問題を処していきたい。

命に値段がつく日に備えて読んでおきたい一冊。

ISBN 978-4-00-430989-5医療の値段 -診療報酬と政治-
結城 康博
岩波書店 2006-01-20
[岩波新書 新赤版989]

by G-Tools


以前、BOOK REVIEW 56 真野俊樹『入門 医療経済学』にて
医療政策には「医療経済学」的なアプローチが早急に必要とされている現状をご紹介した。

今回ご紹介する本書は言うならば「医療政治学」的なアプローチから医療界にメスを入れた本で、
医療マネーを巡る政治的背景や医療の値段の裏側に迫った意欲作だ。

医療は30兆円が動く"知られざる"官製巨大市場で、
今後高齢化が進展していくにつれてその規模は更に拡大されていくのは必至だ。
当然そこには様々な利権や政治的思惑の魔の手が複雑に絡んできて、
保険制度や診療報酬を悪用した汚職なども後を絶たない。

さて、医療の値段というのは「診療報酬」に事細かく規定されている。
「診療報酬」を基にして医療の値段が算定され、巨額のマネーが各所から動いていく。
ではその「診療報酬」は一体誰が決めているのかということになるとこれが意外と知られていない。

「診療報酬」を直接的に決めているのは国会でも内閣でもない。
中央社会保険医療協議会(中医協)という厚生労働大臣の諮問機関だ。
ここを経由しないと法律的にも医療政策が動いていかないため、
30兆円もの巨額のカネを揺るがす強大な権力を中医協は有していることになる。

が、扱っている事柄の専門性が非常に高く、
議事録を読んでも我々のような一般人が理解することは正直言って難しい。
新薬の価格設定や新しい医療技術の妥当性などは
綜覧的な医学的知識がないと適切な判断ができないためまさに医師の独壇場となっている。

故に医療側と患者側との齟齬が生じているのも事実で、
(中医協にはつい最近まで患者代表は一人もいなかった。現在は1名。)
例えば今問題となっているいわゆる「リハビリ180日問題」も
患者側の意向を上手く汲み取ることができなかった弊害の事例の一つであろう。

また中医協の周囲には様々な医療系団体が鉄の壁を敷いている。
日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会...
本書ではこういった利益団体のあまりオモテになっていない歴史を総括していて、
日歯連と自民党を巡るあのスキャンダルについても一章を割いて改めて詳説している。

一つ本書の難点を指摘するならば、論点が定まらずに論旨展開が浮遊しており、
結局この本で何が言いたいのかがよくわからないところだ。
もう少し深く突っ込んでも良かったと思うし、やはり何よりも著者自身の政策提言が欲しかった。

医療とお金の輪郭がほんの少しClearになる一冊。

2008年4月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のブログ記事

最近のコメント

Creative Commons License
このブログのライセンスは クリエイティブ・コモンズライセンス.
Powered by Movable Type