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ISBN 978-4-10-118341-1定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?
三戸 祐子
新潮社 2005-05-01
[新潮文庫 み-35-1]

by G-Tools


今年4月25日に起きたJR福知山線脱線事故の背景にあったとされるのは
もはや強迫的ともいってよい"定刻発車"の呪縛であった。

日本人は日本の鉄道が1分たりとも遅れることはないと信じ込んでいるし、
それは"公共空間の常識"としてDNAレベルで刷り込まれている。
確かに日本の鉄道はあれだけ複雑なハードウェアを含有していながら、
突発的要素(災害、人身事故)以外では滅多に遅れることがない。
まさに世界的にみても"奇跡的"な巨大システムなのだ。

その理由を本書では精緻な研究を交えながら明晰に解きほぐしている。
運命の悪戯なのかあの忌まわしい事故直後に本書が文庫化されただけに、
今の我々にとっては本書の内容がかなり生々しく感じられてしまう。

まず始めに本書では正確さの期限を江戸時代にまで遡っている。
数ある国家の中で、日本ほど鉄道が普及している国はないが、
それには必然としか言いようのない理由があった。
その理由はここでは割愛させていただくが、
丁寧に理由を論拠づける著者の洞察力にはただただ驚嘆するばかりだ。

次に本書ではダイヤグラムの裏側を解き明かしながら、
定時運転の真相に探っている。

鉄道のダイヤは計算に計算を重ねて作られたもので、
コンピュータですら作れないほど複雑化した巨大ハードウェアだ。
なので仮に1本の臨時列車を走らせようとなると、
数十本の列車のダイヤを組み替えなければならない。
よってダイヤグラムは融通の利かない
非常に硬直化したシステムであるともいえる。

「鉄道システムは、ひとたび攪乱が生じて定時運転からの乖離が生じると、
 遅れは収束するどころか、拡散・拡大するという不安定性を抱えている。
 遅れを放置すれば、鉄道システムは永遠に定時運転には
 戻れないだけでなく、ついには機能を停止してしまう」 (p193)

だからこそ遅延運転は鉄道システムの中では最大のタブーであり、
強いては鉄道会社の経常利益損失にもつながっていく。

「安全」よりも「収益」を重要視したJR西日本の日勤教育において
懲罰的要素が何よりも強かったのも、
おそらくここに原因があるのではないかと推測される。
さらに事故当時の福知山線ダイヤには余裕時分が全くなく、
限界を超えてダイヤグラムが作成されていたため、
かえってシステムを不安定化させる結果にもなった。

また日勤教育という名の"脅し"によって
運転士のメンタルバランスに不安定が生じ、
そのことが「安全」を阻害する要因となっていたことも
JR西日本は猛省せねばならない。

ここまで書いてくると、いかに定刻発車が素晴らしい文化であるかを
まるでプロパガンダの如く読者に印象づけているようなイメージを
この書評を読んでおられる方は本書に対して持つかもしれない。
しかし著者は定刻発車という日本の文化を
決して手放しに礼賛しているわけではないのである。

「日本の鉄道はこれからも、いつもいつも時刻表通りに
 「一分違わず」正確に運行する必要があるのだろうか?」 (p308)

と、最後に自ら構築してきた理論をひっくり返してしまうのだ。

例えば近い将来に電車にハンドルが装着され、
分岐器や信号を自在に操作できるようになり、
まさに車道のような環境に鉄道が身を浸すこととなると、
そもそも定時運転という概念が崩れてくる。

いくら定時運転が至上課題であっても、
ラッシュ時のあの混雑はたとえ時間通りでも苦痛そのものであり、
乗客としては秒単位で多少遅れてもいいから
車内では少しでも快適に過ごしたいものだ。

「利用者の側から見ると、
 列車が「遅れている」とか「遅れていない」とかいうより、
 「利用しやすい」か「利用しにくい」かだけが問題になる」 (p359)

日本の鉄道は明治から現在までに至る長期間、
"時間に正確であること"にひたすら神経を注いできた。
しかし技術革新の波はそういった鉄道人マインドに
変革をもたらし、鉄道界を取り巻く常識も変わっていくだろう。

鉄道の将来を考える上で必読の一冊。

2008年4月

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