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ISBN 978-4-480-06377-9ルポ最底辺―不安定就労と野宿
生田 武志
筑摩書房 2007-08-10
[ちくま新書 673]

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大阪ミナミのターミナル:難波駅から電車に乗ってわずか一駅のところに新今宮駅がある。
駅を降りるとそこには日本最大の日雇い労働者街:釜ヶ崎(あいりん地区)が拡がっていて、
社会のあらゆる矛盾や歪な社会構造の残滓がこの街に凝縮されている。

おそらくみなさんは他人事のような冷めた視線で釜ヶ崎を見ているのではないだろうか。
「あれは特殊な地域だ」「自分には全く関係ない」「近寄りたくなんかない」...
しかしネットカフェ難民やマック難民があちこちの都市に増えてきている今、
釜ヶ崎の風景は決して対岸の火事ではないし、私たちはもっと危機感を共有しなければならない。

本書は釜ヶ崎で支援活動を行う傍ら自らも実際に日雇労働に勤しんでいる著者が
自身の体験談を織り交ぜながら最底辺にいる人々の日常を綴った衝撃的なルポだ。

そもそも野宿者は一体どんな生活をしているのだろうか。
まず最低限の生活を営むためには労働をしてお金を稼がなければならない。
一般的に元気なうちはまだ身体が動くので彼らは建設系の現場で日雇い労働に勤しむことになる。
毎朝仕事を見つけに行って、日中汗まみれに働いて、給料を貰って夕方に解散---
基本的にこのサイクルが際限なく延々と続いていく。まさに 「非正規雇用の極限形態」 (p41) だ。

しかし年を召して身体が動かなくなってくるとさすがに肉体労働はきつい。
そこで今度は段ボール・空き缶集めが野宿者の重要な収入源となってくる。
が、街中に散らばる段ボールや空き缶の数にはもちろん限りがあるわけで、
みんなが街中のモノを集め出すと競争が激しくなってすぐになくなってしまう。

なので彼らは段ボールや空き缶を求めてひたすら遠くまでリアカーを引っ張っていく。
時には一日かけて奈良まで徒歩で往復することもあるが、それでも報酬は微々たるものにしかならない。
「フルタイムで働いても月収4万円という究極のワーキングプア」 (p107) なのだ。

では身体がいよいよ動かなくなってしまったらどうすれば良いのだろう。
憲法25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあり、
額面通りに受け取れば野宿者は国による生活保護を受ける権利が充分すぎるほどにある。

しかし現実問題として野宿者に対してストレートに生活保護が給付されることはまずない。
持病を抱えて障害者になっても道ばたで放置され続けるのがオチだ。
住む「家」がない以上、生活保護を給付するのは無理だという。
(そもそも「家」がないからこそ給付すべきなのではないか)

どんなに真面目に働いても業者に多額のピンハネをされ、行政からも見放され、
周辺住民からは白い目で見られ、道ばたで寝ていると若者に襲撃され命を狙われる...
病気をしても病院に行くことが出来ず(家がないので基本的に野宿者は拒否される)、
満足に食事をすることも出来ないので栄養が足りず、路上で餓死する者も少なくない。
...これってユニセフのCMに出てくる発展途上国の子どもたちと同じではないか!

あまりにも私たちは野宿者の実体を知らなすぎる。
知らないからこそ社会に偏見が蔓延して、誤った知識が若者達を暴力へと駆り立てる。
私だって野宿者がここまで凄惨な状況に置かれているとは想像だにしなかった。

地域のNPOなどが懸命に野宿者を支援しているものの、やはり行政が動かないと根本的解決には至らない。
本書は野宿者に対しては恐ろしく無力な行政に対して抑揚を抑えた文章ながらも怒りを爆発させている。
例えば社会復帰のための「自立支援センター」が自治体によって最近設置され始めたが、
罪人でもないのに拘置所のような居住環境を強いており、さらにその先には臨時雇用の不安定な職しかない。

このような構造的要因によって結局はまた野宿に逆戻りしてしまうという悪循環のスパイラル---
終始一貫して綴られている野宿者をめぐる絶望的な状況には思わず目を覆いたくなってしまう。
が、このような状況下でも私が"救われた"と感じたのは著者が最後に記しているこの言葉だった。

「野宿者問題は日本社会や世界の様々な問題と可能性とを映し出す「鏡」なのである」 (p241)

この世の中がいかに矛盾を押し込めて成り立っているかは釜ヶ崎を見るとよくわかる。
そんな中でも著者は「可能性を映し出す「鏡」」であると言っているのである。

貧困な人がいるからこそ私たちは日々の豊かさを享受できる。
誰かを奴隷のように働かせているからこそ高度な文明社会が繁栄を謳歌している。
量刑不当な犠牲の上に初めて成り立っているニッポンの現実。
この国はそろそろ社会の仕組みを再考すべき時期にきているのではないだろうか。
そして新しい社会を築くためのヒントが最底辺の人々の生活に隠されているというわけだ。

まずは本書で最底辺に生きる人々がどれだけ絶望的な状況に置かれているかをぜひ知って欲しい。
真面目に一生懸命働いている人たちがなぜ社会では報われず拒否される運命にあるのか。
その原因は一体どこにあるのか...私たちに突き付けられた重い宿題だ。

真実を知るための一冊。

ISBN 978-4-02-273143-2偽装請負―格差社会の労働現場
朝日新聞特別報道チーム
朝日新聞社 2007-05-30
[朝日新書 43]

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「失われた10年」が過ぎ去り、景気回復の声もちらほらと聞こえるようになってきた。
中でも大企業の好調振りは目覚ましく、失業率も9年振りに3%台へと改善して、
一見すると日本の経済は統計上何の問題もなく成長しているかのように見える。

しかしこの好況を支えている屋台骨が今、大変な社会問題となっているのだ。
驚くべきことだが、日本中のあらゆる企業グループで違法な労働実態が蔓延していて、
皮肉にもその違法な労働実態こそが表向きの日本経済を支えている現状がある。

もちろんそれで良いわけがない。環境を無視した経済成長が地球に壊滅的打撃を与えたように
労働環境を無視した経済成長も長く続けば人々が暴発し社会が大混乱に陥るのは歴史が証明している。
そして日本もかなり危ないところまで来ているというのを本書は鋭く示唆しており、その報告は実に衝撃的だ。

違法な労働実態の正体とは...『偽装請負』である。

本書はこの『偽装請負』の実態を朝日新聞特別報道チームが徹底的に暴いた渾身のルポだ。
正直言ってここまで実態はひどいのか、と私は読み終えてから行き場のない怒りに駆られてしまった。

喩えるならば偽装請負は「21世紀型奴隷制」だ。

形態は「請負」なのに実質は「派遣」なので、企業は労働者派遣法の制約を免れることができる。
ということは正社員に登用する必要もなく、好きなだけ残業させることが可能で、労災が起きても責任は一切問われない。
また保険に加入させる義務もなく、おまけにいつでもクビを切ることが出来るのだ。
まさに企業側にとってものすごくおいしいシステムで、使い捨ての労働者は人間扱いされていない。
こういった労働者がいわゆる「ロストジェネレーション」世代に最も多く、
国家的な中長期ビジョンから見ても非常に深刻な事態であると言わざるを得ない。

「「偽装請負」は将来的に若年世代の成長を阻害し、
 結果的に社会の活力を失わせる可能性さえ否定できないのだ」 (p105)

しかもこのような派遣コストすらケチる非人道的な違法行為が
日本を代表する企業であるキヤノンや松下電器産業などで平然と行われているのだ。
そして正義感を持った"やる気のある"労働者が勇気を持って内部告発をすると、
すぐさま大企業による露骨な嫌がらせが始まり、しまいには存在が葬り去られてしまう。
本書ではその一部始終が実名で描かれていて、冷酷な社会の一端を知ることができる。

こんな絶望的な状態からどうやって自力で抜け出せと言うのか。
どう考えても個人のチカラで抜け出すのは限りなく不可能に近いのではないか。
埋もれている才能や能力がこんな歪なカタチで開花しないとしたら日本経済にとっても悲劇である。
キヤノンの工場にて偽装請負として酷使された労働者は国会公聴会で悲痛な訴えを起こした。

「私たち請負、派遣の労働者は生身の人間です。
 正社員と同じ仕事をしているのであれば、同じ賃金をもらいたい」 (p95)

そんな叫びを嘲笑うかのように経団連会長(キヤノン会長)の御手洗富士夫は記者会見で次のように語った。

「全然、矛盾はないと思っておりますけれども。
 というのは、うちの社員じゃありませんからね」 (p101)

自らの保身と利益のために偽装請負という違法行為を散々犯しておきながら、
「うちの社員じゃないから関係ない」と言い放つ偉い人が永田町で「美しい国」を説いている。
自分たちだけが良ければそれで良い---それが日本的経営の姿なのか。

『偽装請負』の病巣が根深いことを思い知らされる迫真の一冊。

ISBN 978-4-7966-5533-0ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る
門倉 貴史
宝島社 2006-11-24
[宝島社新書 224]

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「ワーキングプア」という言葉をご存知だろうか。
本書ではこの言葉を次のように定義付けている。

「汗水たらして一生懸命働いているのに、
 いつまでたっても生活保護水準の暮らしから脱却できない人たち」 (p17)

どんなに頑張って働いてもその給料では生活が非常に厳しい--
こういった「ワーキングプア」は近年ますます増加傾向にある。
最新の統計に拠れば現在日本に約550万人もいるというのだから
喫緊の政策課題であることはもはや明白であるし、
今月25日から始まる通常国会のメインテーマともなっている。

資本主義経済システムを構築している以上は
ある程度の「格差」は存在して然るべきであり、
社会の発展のためにも[結果の不平等]は甘受する必要がある。

しかし今日の「ワーキングプア」を巡る問題で憂慮されているのは
「能力があるのにそれが社会で正しく評価されず、
 能力に見合った賃金が支払われていない人たちが増えている」 (p181)

ことなのである。これは是正されなければならない。

【能力のない人が能力のある人より賃金が低い】ことは別に問題ではないが、
【能力のある人が能力のない人より賃金が低い】ことは憂うべき事態だ。

本書では「ワーキングプア」を巡る現況について詳説しており、
考察だけではなく実際に「ワーキングプア」に陥ってしまった人たちの
インタビューを交えたドキュメンタリーも収録されている。
統計数字からはなかなか実態が浮かび上がってこないこともあって、
「ワーキングプア」を生きる人々の"声"はとても生々しい。

「ワーキングプア」は決して他人事ではない。
あなたも明日から「ワーキングプア」になる可能性は充分にあるのだ。
本書のドキュメンタリーでは年商14億円の社長から
「ワーキングプア」へ転落した人のリアルな話も収録されている。

また他人のことだからといって市井の人々が無視できる話でも決してない。
「ワーキングプア」の存在が消費を停滞させ、税収を落ち込ませ、
社会不安を増大させ、年金などの福祉制度を崩壊させる。

また日本が現在の経済規模を維持するためには
人口減少社会において大量の移民は絶対に必要不可欠である。
貧しい国の人からしてみれば月給10万円でも充分に高給であり、
企業にとって移民は低賃金で3Kの仕事もやってくれる超優良労働者なのだ。

そうなったときに日本の「ワーキングプア」は一体どこへ行くのか。
果たして政府にそういった国家的危機の認識はあるのだろうか。

対岸の火事ではない。「今そこにある危機」なのだ。
この本で「ワーキングプア」の真の姿を感じ取って欲しい。

ISBN 978-4-14-088152-1子どもがニートになったなら
玄田 有史 小杉 礼子 労働政策研究・研修機構
日本放送出版協会 2005-07-10
[生活人新書 152]

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「ニート」という言葉を知らない人は若年層では皆無ではないだろうか。
わずか3~4年の間で「ニート」の定義は急速に社会へ浸透した。

「ニート」は現在日本に数十万人いると言われている。
誰が「ニート」になるのかわからないサバイバルなこの世の中。
自分の子どもがいざニートになってしまったらどうしよう--
そんな不安を抱く親達へ向けて上梓されたのが本書。
小児向けの医学書みたいなタイトルが印象的だ。

どの国でもそうだが特に日本では価値観が世代毎に著しく違う。
生まれたときからすでに"豊かな国"だった私たちの世代と
戦後を這い上がってきた団塊の世代とでは生きるスタンスが違いすぎる。
そのズレが「ニート」の社会的認識を困難にして、状況を複雑化している。

そこで本書は"親世代"に読者ターゲットを絞り、
「ニート」を巡る現況についてわかりやすく解説している。
対談や現場レポートなど考察よりも実践知を重きに置いているのが特徴的だ。

20代後半の文系大学院生が社会へ出ようと思っても、
社会構造が邪魔をしてまともな職に就くことが大変難しい。
30代から社会復帰をしようと思ったら、
いかに才能があったとしても絶望的とも言って良いくらいだ。

満足行くセーフティーネットも構築されていないため
一度レールを外れたら敗者復活が極めて困難であり、
そんな社会構造は「量刑不当な格差社会」を作り上げた。
ワーキングプアになるくらいならニートのほうがまだマシかもしれない。

なのでニートを非難しても何も始まらない。
だからといってニートが無罪放免というわけでは決してなく、
どんな雑草の中でも強く生き抜いてやるという強固な意志も必要だ。
今すぐは無理でも、努力の方向としてはせめてそうでありたい。

大人や社会は確かに変わらなければならない。
しかしニートだって変わらなければならない。

「働くと、辛いこともたくさんあるけれど、
 結構、いいこともあるんだよ」 (p44)

ニートの「今」と「キモチ」がわかる親世代向けの一冊。

ISBN 978-4-00-430963-5働きすぎの時代
森岡 孝二
岩波書店 2005-08-19
[岩波新書 新赤版963]

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入院中、私を担当していた研修医が注射の処置をしながらこう言葉を発した。
「僕ねー、当直明けなんですけどまだ休めないんですよー。
 給料なんて時給に換算したらセブンイレブンに負けてますもん。」

研修医と言えば奴隷のように長時間働かされる上に
雀の涙ほどの給料しか出ないという劣悪な労働環境で有名だったが、
近年の制度改正によって一時期よりも随分と環境は改善された。
しかしそれでもなお労働と対価が極端にアンバランスな現実には変化がない。

いくら仕事に使命感を持っていたとしても
度を超えた「働きすぎ」は次第に疲労やストレスが蓄積されていき、
個人の尊厳ある時間も奪われ、最悪の場合は過労死へと至ってしまう。
「Karoshi」は今ではすっかり世界で通用する言葉となってしまった。
それは個人の悲劇の範疇に留まらず社会全体における多大なる損失である。

そんな「働きすぎ」の原因を探り、「働きすぎ」への処方箋を示したのが本書だ。

本書では働きすぎの原因を 「高度資本主義の4つの特徴」 (p20)
「グローバル資本主義」「情報資本主義」
「消費資本主義」「フリーター資本主義」
に依拠し、最新データや図表を交えて労働環境の現状を詳説している。
終章では現状分析を踏まえての積極的な政策提言も成されているので、
労働についてきちんと考えたい人には必読の書といってよいだろう。

「働きすぎ」というのは別に日本に限ったことではなく今や世界的な潮流だ。
これだけ情報通信技術が発達して24時間国境なき経済活動が可能な現代、
どこの国のどんな人々も覚醒時間と労働時間はほぼイコールとなってしまった。
しかしこれは飽くまでも「文明」が招いた所産なのであって、
政策や権力で状況を一変させることは難しい。

が、「社会制度」に依拠する「働きすぎ」となると話は別だ。
中でも深刻なのは必然的に「働きすぎ」にならざるを得ない
現代日本の"使用者天国"とも揶揄される杜撰な労働制度であって、
これは政治のチカラで状況を改善させることが早急に求められる。

一例を挙げればサービス残業の存在だ。

何がサービスなのかとその造語センスに一言物申したくもなるが、
教科書にも載っている天下の労働基準法もいわゆる"三六協定"によって
「残業規制に関しては、まったくのザル法」 (p155)と化してしまい、
事実上無制限に残業させられ放題という憂うべき現実が根強く残っている。

さらに言えば
「正社員をパート・アルバイト・派遣社員・契約社員・個人請負などに
 置き換える雇用戦略」 (p123)

が「規制緩和」という美名の下でどんどん推し進められており、
偽装請負の問題に至っては今年になるまで顕在化してこなかったというのが
その労働者軽視の風潮の病根の深さを何よりも物語っている。

派遣社員がどんなにスペシャリストな仕事をしようが
給料は一向に上がらない上に雇用保険も完備されないし退職金ももらえない。
契約が更新されなかったらそれですべては終わってしまうのである。

そんな夢のない労働制度で働いて社会が良くなるなんてとても思わない。
報われない「働きすぎ」は憎悪の連鎖を産んで社会不安の弧を描くだけだ。
果たしてこのままの状態をそのまま放置していてそれで良いのだろうか。

この他にも労働に関する問題は今にも崩れそうなほど山積している。
本書でその実態をぜひ確かめて欲しい。

2008年4月

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