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ISBN 978-4-00-350015-6読書のすすめ
岩波文庫編集部/編
岩波書店 1997-10-16
[岩波文庫 別冊11]

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それほど多趣味というわけでもない私だが、胸を張って趣味と公言しているものが二つある。
一つは『サザンオールスターズ』で、これは私が作るサイト『AKEINS』をご覧いただければ
いかにサザンを愛し、生活の中心にサザンを据えているかがおわかりいただけるはずだ。

もう一つは『読書』である。とにかく本を読むことが大好きなのだ。
しかし私の場合は読む動機が他の人とは若干違うような気がしてならない。

何か知識を得たい、物語の主人公に共感したい、好きな作家の本を読みたい...
人が本を読む動機にはきっといろいろなものがあるに違いない。
もちろん私だって知識を得るため、文学の世界に浸るため、流行を追うためなど様々な動機があるのだが、
いかなる本を読むときでも共通している動機が一つある。

それは"思い出を作るため"だ。

基本的に読み返しはせず、借りるよりも買う派な私にとって本は「一期一会」な存在だ。
人間の友達は時に傷つけ逃げられ愛憎にまみれてしまうこともあるが、
本は勝手に逃げていかない上にずっとそばにいてくれる。
好きなときにしゃべり相手になってくれるし、悩み事も嫌な顔一つせずに聞いてくれる。
しかも無数のタイプの本が世の中には流通しているので、私にとって書店はさながら出会い系サイトのような場だ。

本棚を眺めてみると内容は無論のことながら読んでいたときの情景も同時に回想されていく。
この本はオール明けの電車で読んでいた、あの本は大雨が降っている時に部屋で読んでいた、
あの時にこの店で買ったのがこの本だ、あの人にプレゼントでいただいたのがこの本.........

その一つ一つの事実が私の生きた証となり、かげがえのない思い出へとつながっていく。
なのでどこかへ外出するときにはバッグの中に最低一冊は必ず常備し、
少しでも時間があれば場所を選ばずに一字でも読み進めるようにしている。
様々な場所に本との思い出を刻み込むためだ。

さらに本との出会いを大切にするために出来るだけ同じ所では買わずにいろんな書店で買うことにもしている。
(幸いにも本には再販制度があるため、全国どこで買おうが値段は同じ)
ワンクリックでは本との信頼関係は築けないし、図書館からの借り物では自分だけのモノに出来ない。

...このように本について書き出したら我を忘れて止まらなくなってしまうのだけれども、
では他の人は本・読書についてどんな考えを抱いているのだろう。
今回ご紹介する本書は各界の著名人が「読書」をテーマに書き綴ったエッセイ集で、
どのエッセイも大変興味深く、人生の指針になるといっても大袈裟ではないくらい有益な一冊に仕上がっている。

中でも非常に感銘を受けたのが経済学者の宇沢弘文氏が寄稿したエッセイだ。
少々長くなるが氏の文章から一節を引用したい。

「書物は、人類が生み出したもっともすばらしいものである。
 そこにはもっとも高貴な人間精神が秘められ、
 すべての文化、学問、思想がもっとも純粋なかたちでそこに凝縮されている。
 書物は、私たちがおかれている小さな世界を超えて、遠い過去にさかのぼり、
 広い世界に足をふみ入れることを可能にする。
 また人間の精神の奥深くまで入って、人類がこれまで蓄積してきた膨大な知識、
 思想、技術を私たちの前に提示する」 (p40-41)

その他にもたくさん引用したいくらい本書には"いいこと"が実に多く詰まっている。
本を読まなくたって生きる上で支障をきたすことは全くないが、
文化なき人生、教養なき人間に夢や理想は語れるだろうか。私には甚だ疑問だ。

読書通に捧ぐ一冊。

ISBN 978-4-16-660368-8東大教師が新入生にすすめる本
文藝春秋/編
文藝春秋 2004-03-20
[文春新書 368]

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東京大学出版会から『UP』という小冊子が毎月発刊されている。
岩波書店でいう『図書』のような小冊子(ちなみに大学生協では無料で入手可)で、
体裁的にはPR誌であるものの読み応えのある学術記事が満載の一冊だ。

この小冊子が毎年4月号に特集する恒例企画が一つある。
それが『東大教師が新入生にすすめる本』で、20年目を迎えた現在ではすっかり名物コーナーとなった。
東京大学の現役教官が自身の読書体験や生業とする研究領域から
新入生に読んで欲しい本の数々を解説付きでセレクトしたこのブックガイドは
東大生でなくとも読書生活を営むにあたり非常に指針となるものであり、
私も一回生のときは『UP』のこの特集を読んで随分と知的好奇心を刺激されたものだ。

さて今回ご紹介する本書はこの企画の10年分(1994-2003)がノーカットで収載されている。
実に約400ページの大ボリュームで、さすがに挙げられた本を全部読むわけにはいかないものの、
解説を読むだけでも学術的視野が拡がってゆく感がしてとても気持ちが良い。

こういったブックガイドはそれほど星の数ほど存在するが、
本書はスペシャリスト中のスペシャリスト達が寄稿しているだけあってかなり本気のセレクトとなっているのが特徴的だ。
いわゆる俗っぽい本はほとんど登場せず、専門的かつマニアックな本が半分程度を占めているので、
気休めに読みたい本を探しているならば本書はあまり向かないと言って良いだろう。

しかしアカデミックな世界に脳を丸投げしたいと思っているならば最強の本であることに間違いない。
最先端の研究をして確固たる業績を築いた教員の方々が推薦する本は説得力に満ちていて、
また解説もウィットに富んでいるので学生にとって学ぶべきところが多い。

「社会科学を学ぶためには、経験から言って、
 まず高校までに植え付けられた通り一遍の社会観・世界観を捨て去るべきである」 (p138)

「古典はひからびた教養の宝庫ではない。よい古典は永遠に切実な現代文学である」 (p255)

このように内容は申し分ないのだが、一つだけ苦言を呈したいところがある。
それは『UP』をそのまま転載したが故に検索機能が疎かになってしまっていることだ。
教員別の索引は巻末に一応付いているのだけれども、東大生でない限りはほとんど無意味な機能であり、
もっとジャンル別に編纂したりなどして紙上での検索機能を強化していれば、
さらに使い勝手の良い本へなっていたと思うと実に惜しい。

趣味で読む本は直感がモノを言うが、学術本は確かな評価を得たモノを読むのが堅実だ。
知的生活のはじまりにこの一冊を捧げたい。

ISBN 978-4-00-439009-1岩波新書の歴史 付・総目録1938~2006
鹿野 政直
岩波書店 2006-05-19
[岩波新書 新赤版別冊9]

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世は空前の「新書ブーム」だ。
出版社各社が揃いも揃って新書の発刊に踏み切り、
『バカの壁』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』などの大ヒット作にも恵まれ、
今や新書が出版界を牽引しているといっても決して過言ではない。

週刊誌コラムの延長上にあるような耳障りの良い主張を掲げた新書が多い中、
今も本格的な「教養新書」を世に発表し続けている新書がある。

1938年(昭和13年)に発刊され総刊行点数が2500点を越えた岩波新書だ。

2006年5月に新赤版が1000点を突破し、
その記念に出版された新書が今回ご紹介するこの作品。
時代毎の特色を綜覧しつつ日本社会が歩んできた歴史を上手くリンクさせながら、
各年に発表された作品をテーマ毎に紹介していくという
社会史とブックガイドを併せ持つハイブリッドな一冊だ。
巻末には約70年分の総目録も収載されており、
新書にしてはページ数がかなりのボリュームとなっている。

岩波新書は大まかに分けると4つの時期に区分される。
【赤版(1938-1946)・青版(1949-1977)
 黄版(1977-1987)・新赤版(1988-現在)】
日本初の新書として発売されたのはなんと戦中のことなのだ。

当時は現在のように知識や教養が大衆に溢れていたわけではなく、
さらに政府による思想や表現の締め付けも極めて厳しいものがあった。
そんな中での発刊には大変な苦労があったという(本文を参照されたい)。

「「古典の制約と学究的立場を離れて
 一層自由に現代人の常識を高め教養を指導」すること」 (p22)

を新書の使命に掲げ、今まで特権階級のみに許されていた「知」との接触を
大衆にも開放した功績はものすごく大きい。

時代的に政治色の薄い自然科学の本が目立って刊行されたが、
社会科学の分野に至っても新聞と違って戦争に与することが一切なかった
というのは充分に評価されて良いだろう。
「戦局の推移に密着するのでなく、また読者を戦争に駆りたてるのでもなく、
 戦争が提示する問題、戦争が直面させる事態を、
 原理に遡って考える材料の提供という姿勢を保持しつづけた」 (p50)

戦争が終わり、日本は高度経済成長の時代へと突入していく。
急激に変化していく政治と経済。その変化を時に教科書的、時に予見的に
装丁を「青」に改めた岩波新書は舌鋒鋭く迫っていった。

そして「転換する情勢のなかで、日本人にとってアジアとは何かを問う角度から、
 その課題を突き出す有力な媒体」 (p92)

として特に学生には圧倒的な支持を得る新書へと成長していった。
まだ「教養」が武器として機能していた時代のことである。

しかし'70年代半ばから環境破壊や人権問題などの副作用が徐々に出始めてきた。
そこに登場したのがさらに装丁を改めた「黄版」だ。

社会が複雑化して未来が不透明になる中で
ただ杓子定規に教養を振り翳しても何ら答えなんて出てこなくなった。
経済が成長すればするほど「何か」が失われているようでならない。
だけどその「何か」とは一体なんだろうか...

路頭に迷い込んでしまった日本に岩波新書が提示したのは戦後の検証だった。
「「戦後」の検証が、黄版の中軸的な課題として姿をあらわす」 (p209)
今までの歩みを振り返ってみて、過去から未来を創造しようというわけだ。

が、その作業はなかなか容易ではない。
現在進行形の事象の過去と未来を熔接するなんて至難の業である。
日進月歩に変化してゆく社会。昨日の敵は今日の友。
気がつけばバブルに突入し、昭和から平成に変わり、冷戦も崩壊していた。

そう、ますますわからない時代の到来だ。
パーソナライズ化された社会。「なんとなく」生きていける社会。
偉い人の価値がわからない。勉強したってどうせ下流。
現在も刊行され続けている「新赤版」は
そんな混沌とした時代の処方箋を示さねばならず、
また他社新書とも競合せねばならなかった。

--ものすごく大雑把に端折りながら新書の歴史を概観していったが、
詳しい流れはぜひ実際に読んでみていただきたい。これは大作である。
ブックガイドや目録も備えているので購入しても決して損はない。

最後に岩波新書の核を占める「教養」とは
一体どういった概念のことを指すのかここに記しておきたい。
発刊当初の「教養」の概念を著者は次のように解釈した。

「「教養」とは、たぶんに通俗道徳に拠る「修養」に対峙し、
 知的消費としての「娯楽」と異なり、
 さらに専門性を誇る「学術」に収斂されないような、
 知的向上主義を含意したであろう」 (p19)

この微妙なバランスこそが「新書」の持つ知のダイナミズムなのだ。
「新書文化」を考える上でも重要な位置を占める一冊。

2008年4月

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