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ISBN 978-4-16-771760-5ニューヨークの魔法は続く
岡田 光世
文藝春秋 2008-01-10
[文春文庫 お-41-2]

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先日、ある路面電車に乗っているとこんな光景に出会した。
私の隣に座っていた男性のポケットから寒さに耐えかねたのか硬貨が抜け落ち、
前に座っている老人の下へと弧を描くように転がっていってしまったのだ。

ここで老人は事務的でない少し機転を利かせたやり取りを交わす。
「これ、あんたの?」(「あっ、はい、そうです」)
「なんや~。そやなかったら盗もうと思ってたのに」
こう言うと老人の隣に座っていた中年男性も笑みを浮かべて
「そりゃ大変や」と切り返し、三人の間には笑顔の環が形成されていた。
その後、三人は何事もなかったかのように各々の駅で電車を降りていく...

...ふとしたことをきっかけにして全然知らない人たちが自然と会話を始めていく光景に
本を読んでいた私も忘れていた何かを再発見したみたいで幸福な気分に浸ることができた。

が、残念なことに日本に住んでいると見ず知らずの人と会話をする機会がほとんどない。
都会において道行く他人に意味もなく喋りかけるのは御法度に近く、
逆に「迷惑防止条例」や「セクハラ」で訴えられかねない現実があるのだ。怖い怖い。

ところがそんな非現実的なことが日常的に起こっている都市が世界にはある。
その都市こそが国連本部がある米国最大の経済都市:ニューヨークだ。

地下鉄に乗っていると車両の真ん中で突然オペラ歌手が歌い出し、
車内放送ではご丁寧にも車掌がスポーツニュースの結果を知らせてくれ、
スーパーで買い物をすれば見知らぬおばさんから次々と話し掛けられる--
日本ではまず考えられない光景であるし、仮にこういったことを一度でもやろうものなら
間違いなく"KY"とレッテルを貼られ、教師や上司から激昂されるに違いない。

「ニューヨークでは見知らぬ人と、何の違和感もなく、
 言葉を交わしていることに改めて気がつく」 (p183)

本書はニューヨーク暮らしの長い著者が実際に体験した出来事を収めたエッセイ集だ。
エッセイだからといって別に脚色しているわけでも誇張しているわけでもなく、
この本に描かれているのは等身大のニューヨークの姿だけであり、
だからこそニューヨークの魅力がフィルターなしでストレートに読者へ伝わってくる。

もちろんニューヨークは絵に描いたような天国ではない。
昔より治安は良くなったと雖も東京に比べるとまだまだ犯罪都市であるし、
9.11テロの傷跡も見え隠れし、陽気な人々の裏には不安が色濃く残る。

なので嫌な思いをすることだってある。冷たい仕打ちに遭って涙が出るときもある。
この本には描写されていないが命に関わることだってきっと著者にはあっただろう。
それでも著者はニューヨークが憎めない。そしてこのように魅力を綴っている。
「まるで、とけない魔法にかかったように。今日もこの街を歩く。
 ニューヨークの魔法は続く」 (p15)

どのエッセイも凍てついた身体が思わず解れるくらいの心温まる話で、
読むに連れてニューヨークという街の懐の深さというのを肌から実感してくる。
政治レベルではぎくしゃくしていても、市民レベルでは「人類皆兄弟」なのだ。
狙ったわけではないからこそ心に響く何気ない優しさがニューヨーカーにはある。

巻末の解説には阿川佐和子さんが寄稿していて、中でもこの言葉が私の心を捉えた。
「この本を読んでいると、多少のジェラシーとともに勇気が湧いてくる。
 そうだな、人生の余裕ってもんだなと」 (p200)

政治家がどんなに暴言を吐いて失政をしても何一つ文句を言わず服従しているのに、
ある女性歌手がちょっと失言しただけで存在を抹消しかねないほど執拗に匿名で叩き続ける
日本人のメンタリティを見ると、もう少しニューヨーカーのような大らかさを持つべきだと思う。

日本よりも格差がひどく、治安も悪く、様々な人種が入り乱れて、
はっきり言って山積されている問題群は解決が絶望的とも思えるニューヨーク。
なのにも関わらず人々は人生に余裕を持ち、「今」を楽しみ、驚くほどアグレッシブだ。
だからこそ世界中の人々がその魅力に酔い痴れてこの街に集ってくる。

ニューヨークのように人と人とが肩肘張らずに気楽に繋がれる社会にしていきたいものだ。
私は挨拶がすごく好きなのだけれども、さすがに見知らぬ人まで挨拶する度胸はない。
だけど見知らぬ人に対しても「おはようございます」と微笑みかけ、
そこから"物語"と"出逢い"が何の作為的な思惑なしで魔法のように生み出されていく...
その点はニューヨークに学ぶべきところが多いのではないだろうか。

ニューヨークの魅力がたくさん詰まった一冊。
本書があなたの生きるヒントになることを願いつつ。
さぁ、ニューヨークへ行こう。

ISBN 978-4-487-79388-4夜明けを待ちながら
五木 寛之
東京書籍 1998-12-25

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今から8年前の春。私は15歳の少年だった。
でも普通の15歳とは何かが違っていてそんな自分にいつも辟易としていた。

どう頑張っても周囲と上手く溶け込むことが出来ないのだ。
何気ないほんの少しの言葉が大きな凶器と化して胸を突き刺していく。
余計な電波をもキャッチしてしまう強すぎる自分の感受性に嫌気がさし、
まるで真空管に入れられたかのような息苦しさを来る日も来る日も感じていた。

念願叶って入学した高校も初日の段階から違和感を感じてしまって、
教室にいるだけで何度も何度も息が詰まりそうになった。
別に誰に何をされたわけでもない。成績が悪かったわけでもない。
だけど自分という存在をどう公に対峙させて良いのかが全くわからない。
そもそも自分の存在って一体何なんだ?

まるで哲学者が机上の袋小路に入り込むかのように私は覚醒している時間をすべて思索に投じた。
思春期には誰しもが自我について思い悩むわけだけども、私のそれは明らかに半端ではなかった。
そしてある日、私を司るアイデンティティが「これはもうダメだ」ととうとう爆発してしまったのだ。

学校から衝動的に逃げ出したくなり、チャイムと共に一目散に校門を後にしていく自分。
そのときに行き着いた書店で偶然見つけたのが今回ご紹介する本書である。
本書は著者がDJを努めるラジオ番組でのトーク内容を活字化したもので当時はロングセラーとなった。
リスナーから寄せられた悩みに対して人生観に裏打ちされた懇切丁寧な回答が語られていく。

「生きる意味」や「少年と死」など掲げられたテーマはどれも重く難解なものだけれども、
当時の自分でもすらすらと読める平易さが私の心を鷲摑みにした。
五木寛之といえば言わずと知れた直木賞作家だが気取った素振りが全くなく、
優しく語りかけるように文体の一つ一つが敬体で綴られていて渇した闇を潤していく。

私は自分に迷っていた。他の子が当たり前のように出来ることが自分には難しく感じてしまい、
他の子が感じない些細な感情でも自分は読み取ってしまう。周囲と調和することもなかなか出来ない。
そんな自分は社会が産出した欠陥品なのか。他人より自分は劣っているのか。いや、そうではないはずだ。
だけど友達も先生も親も誰一人として自分の価値に気付いてくれない。

そんな私に世の中には多様な価値観があり、マイナスは決してマイナスではないことを本書は教えてくれた。
学校の先生がいつまで経っても黒板で教えてくれることのなかった"答え"がこの本には詰まっていたのだ。
そう気付いたとき、逆に私は学校ってなんてちっぽけなところなのだろうと考え込んでしまった。

また、本書と出会って活字の力というのもずいぶんと思い知らされた。
文法の規則下において言葉が配列されているだけで何の音声や映像も情報として現出していないのに、
どうしてこんなにも心が揺り動かされてしまうのだろう。
今年の集英社文庫「ナツイチ」のキャッチコピーは『ただ言葉が並んでいるだけなのに。』だが、
言葉に魂が宿る"言霊"という日本的概念は時として核兵器以上の威力を放つ。

あれから8年。いろいろな出来事があって今はまだ大学生だけども、
今の実りある読書ライフの原点はこの本にあるのではないかと私はふと思った。
『夜明けを待ちながら』過ごした8年、念願の夜明けの時がまもなくやってこようとしている。

忘れられない一冊。

ISBN 978-4-08-746044-5あきらめない
鎌田 實
集英社 2006-05-25
[集英社文庫 か-39-3]

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「後ろ向きではなくせめて前を向いていてほしい。
 あきらめないでほしい。」

この言葉は今からちょうど半年前、
闘病中の私を見舞いに来てくれた大学の友人が贈ってくれた言葉だ。
神妙な面持ちで言葉を掛けてくれた彼の励ましに
私はベッドの上で涙をこらえることができなかった。

あまり良くない血液データが手元にやってくる。沈む。我が人生を憂う。
でも友人の言葉を聞いて以来は「あきらめない」と歯を食いしばるようになった。
できるだけ周囲にも泣き言を言わないように心がけた。

だがもし仮に私が治る見込みのない末期がん患者だったらどうだっただろうか。
果たしてそれでも「あきらめない」と歯を食いしばる自信はあるだろうか。

現実問題として頑張ってもほぼ100パーセント報われない世界である。
大金を叩いてもどんなにいいことをしても「死」は避けることができない。
そんな状況でも人間はあきらめずに生きることができるだろうか。

大半の人は死に対して「あきらめて」、残された最後の時間を心ゆくまですごす。
もちろんこの場合の「あきらめる」というのは名誉ある諦観である。
病気で傷つけられた尊厳を回復し、せめて死の間際までは平穏に過ごしたい...
しかしどんなに切羽詰った状況でも「あきらめない」人がいた。

この本の最初と最後に登場してくる人たちがそうだ。
余命を宣告され、その後なんと7年も生き抜いた男性はこう語った。

「以前と違って、桜の花の季節を迎えるたびに、
 なんとか来年も桜を見たいと、生きることへの望みを、
 強く意識するようにもなりました」 (p22)

生きることを「あきらめない」ってどういうことなんだろう。

本書は様々な事情を抱えた「あきらめない」主人公たちを描いたエッセイ集だ。
「現代医療が推し進めてきた、効率よく、
 病んでいる臓器だけを診る医療ではなく、病気をもつ一人の人間全体や、
 その人がいっしょに生活する家族や地域に心を注ぐ医療」 (p212)

を著者は実践しており、ご存知の方も多いかもしれない。

中盤では著者の知られざる人生を述懐していて、
タイトルにもなった「あきらめない」生き方の原点を垣間見ることができる。
著者の医療に対しての有り余る信念を行間からたくさん読み取ることができ、
医療者ではない私も、日常生活でこういった信念を持ち続けたいと思ったものだ。
教科書では絶対に教えてくれないダイナミックな「いのち」のカタチがここにある。

今、中学生や高校生の自殺が多発している。
ありとあらゆる手を尽くして徹底的に戦い抜いたのならまだしも
現実の壁に圧倒されていきなり「死」へとジャンピングするのは
厳しいようだが私には「生」への冒涜のように感じてならない。

少し立ち止まって考えてみてほしい。
そう簡単に生きることをあきらめないでほしい。

最後に帯コピーにある著者からのメッセージをここに記しておくことにしよう。

「命のある限り、あきらめないで。」

ISBN 978-4-344-40653-7雨にぬれても
上原 隆
幻冬舎 2005-04-30
[幻冬舎アウトロー文庫 O-40-3]

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「人生、下手に生きるのも悪くない-。」

この文庫本に包まれた帯コピーに私は惹かれた。

ある物事に対して「上手」と「下手」という
二つの尺度があるのならば、
「上手」であることに越したことはない。

「上手」な技術を持つ医者と「下手」な技術を持つ医者が
仮にいれば誰だって自分の命を「上手」な医者に託すであろう。

しかし人生において必ずしも「上手」に生きる必要はあるのだろうか。
「下手」な人生にはそれなりのリスクが伴う。
職業や収入が不安定になったり、先行きも不透明に陥ったり、
時には周囲から不名誉なレッテルを貼られることもあるかもしれない。

だが「上手」な人生を歩んでいては絶対に得ることの出来ない
貨幣とは代替不可な人間臭い経験ができることも事実だ。

本書は普通の人の日常を描いたオムニバス・エッセイで、
ここにサクセスストーリーなどは一切描写されていない。
どこか不器用で、何か一臂の力を貸したいほど
人生の支点が不安定な人たちが全般的に描かれている。

夜間中学で学ぶことそれ自体に楽しみを見いだす老人、
夫からの理不尽なDVと対峙し続ける妻、
駅前で50年間ずっと靴磨きをし続ける職人…

登場人物に華麗なステージネームなどはない。
特にドラマチックな展開があるというわけでもない。
そこらじゅうに瓦礫のように落ちているようなごく普通の光景だ。

しかしそういった"普通さ"を特に脚色させることもなく、
ただ単調に書き綴っているわけでもなく、
市井の人たちの本質を探り出そうとする
著者の鮮やかな筆さばきはまさに絶妙の一言に尽きる。

本書のp197から「とりあえずの幸せ」というタイトルの物語がある。

舞台は都内の駅前にある大衆食堂。
時間はまだ朝で平日なのにも関わらずお店は大盛況だ。
著者はカウンターの隅に座って、
客と店主とのやり取りを時の過ぎゆくままにずっと観察している。

別に話しのネタになるほどの取り立てたやりとりなんてない。
このお店はビールや一品料理も安ければ
"超高級"と銘打った活〆のはた刺しだって千円だ。
チャージ料だけで数千円とられ、
超高級のドンペリとなると十数万円もする夜の繁華街とは世界が違う。

経済至上社会という名の網をこのお店に被せれば
夜勤明けで朝っぱらから飲んだくれてる彼らは
「負け組」の範疇に入ってしまうかもしれない。

それでも彼らは「とりあえずの幸せ」を求めて生きている。
ちっぽけな幸せでもいいじゃないか。
名誉や財産、地位とは無縁なピンスポットの当たらない世界に身を浸していても、
今、ここに生きている事実こそが何よりの幸せじゃないか。

本書のあとがきの最後で著者はこう記している。

「失恋しても、失業しても、
 病気になっても、自信を失っても、
 人は生き続けているということ。
 この単純な事実に私ははげまされている」 (p259)

さぁ、明日も勇気を出して生きてみよう。

2008年4月

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