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ISBN 978-4-06-149297-4<心配性>の心理学
根本 橘夫
講談社 1996-04-20
[講談社現代新書 1297]

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多かれ少なかれ人は誰でも心配事を心に宿している。
が、その心配事がある一定のレベルを超えてしまうと<心配性>へと進展してしまい、
日常生活において種々の支障を来すようになってしまう。

しかし我々が抱く心配事はスケールの小さなことに収斂していくことが意外と少なくない。
例えば「学期末のテストができなかったらどうしよう...」という心配事を抱くとしよう。
では仮にテストができなかったとして、だから何なのだろうか?
別に生死を彷徨うわけでもなければ、今後の人生が修復不可能になるというわけでもない。

要するに自分のプライドが傷つけられることを恐れているだけであって、
この場合プライドさえ捨ててしまえばそれだけで気持ちを楽にして毎日を過ごすことができる。
つまり日常生活における不安はそのほとんどがいくらでも保険が利く状況にあるのだ。

なのに<心配性>の人たちはあらゆる事象に対して過度な心配に陥りがちだ。
それは心配事の質には決して比例せず、たとえ些細なことでも倍加的に心配が肥大していく。
同じ事象に接しているのにどうして人と人とでは感じる心配度がこれほどまでに違ってくるのであろうか。
その謎を解き明かしたのが本日ご紹介するこの本だ。

本書はまず最初に<心配性>とはいかなるものかについて具体的に記述し、
その次に<心配性>に陥る背景について心理学的なアプローチを試みている。

結論から言ってしまえば<心配性>の原因はすべて養育環境や親の存在にあるということだ。
<心配性>のウラには後天的に形成される性格が大きく起因していて、
その"性癖"はすでに矯正不能なほど遺伝子にインプットされてしまっている。

なので自分で<心配性>的な傾向があると思う人が状況を改善しようと思ったならば、
辛い作業ではあるが一度自分の人生を精度に分析し直す必要が生じてくるのである。

では日常的な心配のモヤモヤ感を軽減させるには一体どうしたらいいだろうか。

「心配性に対処する根本原則が心配性と闘わないことであったように、
 心配に対処する根本原則もまた、心配そのものと闘わないことなのです。
 ただし、心配と闘わないことを、心配事から逃げることと誤解してはいけません」 (p178)

なんと"放置プレイ"が心配に対峙する最大解というのである。
ヒトの性格を変えるのは残念ながら不可能に限りなく近いことなので、
それならば心配をあるがままに受け入れてその上で精一杯生きていこう、ということのようだ。

腑に落ちるようなそうでないような答えではあるが、
本書を通読してみるとこのことが納得できてしまうから不思議なもの。
心配の正体を学問的に確かめたい人にオススメしたい一冊だ。

2008年4月

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