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ISBN 978-4-00-431077-8エスペラント―異端の言語
田中 克彦
岩波書店 2007-06-20
[岩波新書 新赤版1077]

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国境を越えた異文化コミュニケーションが今日ほど重要視されている時代はない。
だが外国人と有意義なコミュニケーションをとるためにはいにしえの時代から大きな壁が立ちはだかっていた。

それは言語の壁だ。

『旧約聖書』には天へと続くバベルの塔を建設しようとしていた人々が神の怒りに触れ、
相互に意思疎通ができないように違う言葉を神によって使わされることになった話が載っているが、
世界中の人々が同じ言語で日常的に会話を交わし合っている状況は現代においても夢物語であり、
国家の枠を超えた世界共通語の膾炙は今なお人類の悲願だ。

その"世界共通語"に最も近い位置にいる言語が英語である。
インターネットを流れる情報の実に8割が英語で書かれているだけに、
知識人にとって英語習得はもはや必須で、世界の常識となりつつある。

が、英語たりとてこの世に現存する数多ある言語のうちの一つにしか過ぎない上に
西欧が東洋やアフリカを文化的に侵襲するイメージもあってか非英語圏の人々には生理的な抵抗感が強い。
それに世界のあらゆる事象がアメリカ的価値観に均質化されてしまう懸念も否めない。

ならば歴史や政治や国家から独立した全く新しい言語を人工的に作ればいいではないか。
これならばどの国の人々も平等に扱われ、イデオロギー的な問題が起こってくることもない。
そして言語そのものを簡単にして習得のための敷居を低くすれば、
人々は容易にその言葉を使えるようになって瞬く間に世界へ伝播するのではないだろうか。

そういった理念から作られた人工的な世界共通語が『エスペラント』であり、
本書はその"異端の言語"の魅力や歴史について考察を試みた意欲作だ。

エスペラントの言語学的な特徴はとにかくシンプルであることに尽きる。
英語の文法で多々見られるような理不尽極まりない規則は全くなく、
アクセントもスペルもすべてが規則的に配置されるので実に覚えやすい。
単語にしても対になる意味の語は「mal-」をつければそれで良いので、
これだけでも通常の言語よりも覚える量が半分に圧縮されることになって習得への道が早まる。

これだけ書くとまさに神より賜えし夢の言語のようにも思えてくるのだが、
120年の歴史を持つエスペラントは今日に至るまで険しい道のりを歩み続けてきた。

そもそもエスペラントはJohn Lennonの『♪Imagine there's no countries』の世界であり、
この言語が世界を圧巻したら近代文明を支えている国家の枠組みそのものが崩壊しかねない。
だからこそかつてのナチス・ドイツはエスペラントを危険分子として弾圧し、
現在でも国連の場ですらエスペラントは公用語として認められていないのだ。

さらにおもしろいのは言語学者のほとんどが反エスペラントの立場を貫いていることである。
このことはエスペラント関連の書籍や論文が圧倒的に少ないことからもその惨状が伺える。

なぜこれほどまでに嫌っているのかの詳細は終章をご覧いただきたいが、
言語学者はすでに自然に存在している言語を忠実に研究して継承していくのが仕事であり、
自然の法則に背いて勝手に人工的に作られたエスペラントには「余計なことするな」という意思が働くのだろう。
学者の言語スタンスは作家同様に極めて保守的なものだ。表現の流動性を彼らは断じて認めない。
エスペラントのような革新的な言語は存在自体がもってのほかであり、タブーの領域にまで半ば押し込められている。

その一方でエスペラントの意義を深く理解しその魅力に取り憑かれた者もいた。
宮沢賢治はその代表的な人物で、日本語では表現しきれない価値観の微妙な斟酌を彼はエスペラントに託した。
彼の世界観を表した『イーハトーヴォ』は紛れもなくエスペラント語だ。

「エスペラントは、さまざまな表現の可能性へと、
 人々の衝動を解放する魅力をそなえている」 (p205)

エスペラントを知ってる人にも知らない人にもオススメの一冊。

2008年4月

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