BOOK REVIEW 192 土井隆義『友だち地獄』

ISBN 978-4-480-06416-5友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル
土井 隆義
筑摩書房 2008-03-10
[ちくま新書 710]

by G-Tools


「KY」という新語が瞬く間に日常会話へ浸透していったことからもわかるように、
今の社会における人間関係では「空気を読む」スキルが何よりも求められる。

空気を読めない=KYな人はまるで触法行為を犯したかのように周囲から非難され、
リラックスして楽しむはずの飲み会も空気から取り残されることを思うと気が気でない。
もし集団から浮いてしまったら排除の論理が働いてKYの人へと懲罰が下されることになるだろう。
円滑な人間関係を築くためにはいかに空気を読むかという心理戦が非常に重要であり、
現代を生きる若者たちにとって「空気を読む」ことはまさにサバイバルと直結しているのだ。

ではなぜ若者たちはこうも過剰に空気を読まなくてはならないのだろうか。
病的なほどのピア・プレッシャーが人間関係を窒息させるように覆い尽くし、
空気を読むことに疲れて生きづらさを訴える人たちもこれほどまでに多いのに、
彼らはそういった偽りの人間関係から抜け出すことが出来ずにむしろ依存してしまう。
そこには現代社会が抱える深刻な病理が潜んでいた...

本書は現代の若者たちが作り出す人間関係の特徴を社会学的な見地から分析し、
「空気を読む」世代が宿命的に併せ持っている悲劇的な病巣について鋭く迫っている。
タイトルにある「友だち地獄」という刺激的なフレーズにすべてが物語られているように、
今や若者たちにとって友だちとは安住の存在ではなく地獄の存在になりつつあるのだ。

いじめ,リストカット,ひきこもり,ネット自殺...
本書では若者たちを取り巻く様々な社会現象が豊富な事例と共に取り上げられており、
これらを語る上でキーワードとなってくるのが本文中に諄いほど登場する『優しい関係』だ。

ここで『第一章 いじめを生み出す「優しい関係」』からそのキーワードの本質を捉えていきたい。
学校裏サイトに代表されるような昨今のいじめは従来のいじめとはベクトルを全く異にしている。
従来のいじめは強い者が弱い者を肉体的・精神的に陵辱するという単純な構図で、
のび太とジャイアンのような関係を頭の中に思い描くとわかりやすい。
そのため教師は加害者を叱責し、被害者をケアすることでいじめに対処することが出来た。

ところが最近発生するいじめはほとんどのケースがこういった構図にならないのだ。
加害者と被害者の関係は極めて流動的で、誰がいじめのターゲットになるかは運次第。
大人社会と同様に生徒間でも「空気を読む」スキルが要求され、
空気を読めない(というよりも同質でない)人たちには容赦なく鉄拳が下ることになるのである。

一瞬気が緩んでしまって場違いな発言をしてしまったならばそれは瞬時に"いじめGO"サインと化し、
たとえクラスの人気者であったとしても容易にいじめの被害者へと転落してしまう。
なので生徒たちは自分たちが標的にならないよう何時も過度に気を遣い合わなければならない。
彼らにとって誰かをいじめることは根底に憎悪の感情があるというわけではなく、
「人間関係の重さを軽くするためのテクニック」 (p22) にすぎないのだ。
「いじめの主導権を握っているのは、いわば場の空気」 (p22) なのである。

そこで身を護るためにも生きる知恵として『優しい関係』が必要となってくる。
異質なものが排除されるわけだから、相手と価値観さえ同調させていればとりあえずは安心だ。
相手の傷口に触れず、衝突を避け、行動も一緒。とにかく友だちと異質なところがあってはならない。

「相手の事情を詮索して踏み込んだりしない、あるいは自分の断定を一方的に押しつけたりしない、
 そういった距離感を保つ「相手に優しい関係」とは、ひるがえってみれば、
 自分の立場を傷つけかねない危険性を少しでも回避し、
 自分の責任をできるだけ問われないようにする「自分に優しい関係」でもある」 (p46)

しかしそういった偽りの友だち関係には当然の如くフラストレーションが溜まっていく。
ならばそんな関係を断ち切って、他の人と親しくなるかあるいは独りになるかすれば良いではないか、
と思ったりもするのだが、それが出来ないのも若者たちの病理現象だと著者は指摘している。

自己肯定感が脆弱なために、常に相手からの承認がなければアイデンティティが維持できない。
どうして特に意味もないケータイメールを一日何回もやり取りしたり、
自己プロモーションのようなブログ・SNS日記に強迫的にコメントをつけたりするのかと言えば、
"人とつながっている"という状態が自己肯定感を充足させ、孤独を紛らわせるからだ。

他にも『第三章 ひきこもりとケータイ小説のあいだ』や
『第四章 ケータイによる自己ナビゲーション』なども大変おもしろい考察で、
今を生きる同年代の人々にもぜひ実際に手にとって読まれることをオススメしたい。
最後に本書で最も印象に残ったこの言葉をここに記したい。

「腹を割って話しあい、互いの人間性を高めていけるような対人関係を築く能力ではなく、
 いろいろな交渉事をスムーズに進め、場の空気を敏感に読みとって迅速に対処できるような
 対人関係の能力が、さまざまな局面で問われるようになっている」 (p198)

お茶を濁しながら無難に人脈を拡げ、ビジネスライクな軽薄コミュニケーションで絆を紡ぎ、
同じような価値観を持っている人たちと空気を読み合いながら友だち関係を築いていく...

だけども少しでも自我をぶつけ合ったほうが人間関係は深化していくのではないか。
また同質な人たちと群れるのではなく、いろんな人たちと触れ合った方が成長していくようにも思える。
「私は私だ」という堂々たる個の強さがあればKYなんて怖くない。
むしろ空気を読み合う人たちの方が滑稽ですらある。そんな強さを持っていたいものだ。

友だち地獄かもしれないあなたに贈る一冊。

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