BOOK REVIEW 191 藤堂絆『アシタ』

ISBN 978-4-86176-494-3アシタ
藤堂 絆
ジャイブ 2008-03-16
[ピュアフル文庫 と-1-1]

by G-Tools


人間として生きている以上、生命を維持するためには睡眠が必要不可欠だ。
なのに私は寝ることがあまり好きではない。出来ることならずっと寝たくないとも思っている。
一日という限られた生活時間の中で寝る時間が無駄なように思えてならないのだ。

寝付くのもとても苦手だ。ベッドの中に入っても何時間も覚醒し続けていることのほうが多い。
一度眠りに就いてしまったらもう二度と目覚めることがないのではないか...
入院生活が長かったせいかそんな恐怖心が私を支配し、睡眠という生理的行為を遠ざけていく。

思い返してみると10代の頃は全くそんな思いを抱かなかったはずだ。
6~8時間後に起きるときには確固たる新しい明日が眼前に屹立していて、
"アシタ"は何の疑うこともなく線路のように延々と続くものだと確信していた。

だけども時間というのは無情なもので、"アシタ"を繰り返すに連れて人は死へと近付いていく。
回想という手段で形而上の"キノウ"に触れることは出来ても、経験することは二度と出来ない。
ましてや"アシタ"にどんな運命が待ち受けているかなんて誰一人としてわからない。

そう考えていくと"キョウ"がどれだけ愛おしいことか。
楽しいことや思い出に残ることは出来るだけ先延ばしせずに"キョウ"のうちにやっておこう...
"アシタ"という質感を感じてしまった私はそれだけ年を重ねてしまったということでもある。

『"アシタ"を知らない世界にもう一度だけでも戻りたい』

本書は思春期の主人公たちが繰り広げる甘酸っぱい果実が行間に滴り落ちるような短編集だ。
と言っても一つの統一されたテーマに沿って執筆されたわけではなく、
今までに発表された作品+書き下ろし作品で構成されており、著者のデビュー作でもある。

何も知らないことが思春期を生きる彼らにとっては最大の武器であり、最大の致命傷でもある。
「"アシタ"があるとは一体どういうことか」などと哲学的に考察すること自体ナンセンスであり、
そんな難しい概念とは縁遠いからこそ彼らは無邪気に笑い、全力で突っ走ることが出来る。

本書では糸と糸を絡めて時間軸を紡ぐような繊細な物語が5作品収録されている。
しかもただ単にピュアフルという要素だけで展開していくのではなく、
"けしからん"要素を巧みに組み入れながら物語を薦めていくのは新鮮に映った。

通常こういったピュアフルな小説の場合は、ひたすら果汁100%のまま最後まで走りきるか、
ケータイ小説にあるような過激な体験をふんだんに盛り込み、人生をoverdoseさせてしまうか
の孰れかがstorytellingの定石なのだけれども、5作品ともこういった展開は踏んでいない。

例えばオープニングの『聡史がいない日』を見てみよう。
高校生の京子は図書館で偶然出会った聡史に恋をして何度かデートを重ねるが、
その裏で聡史は幼なじみの奈々江と肉体関係を持っていた。

ただ、聡史と奈々江はいわゆる愛人関係ではない。かといって体目的の関係というわけでもない。
幼なじみ故にあまりにお互いを知りすぎた二人にとって恋愛感情は共存の余地がなく、
奈々江はオトコとして見ていた聡史という存在が恋心を発露することによって遠ざかることを恐れて、
「本当に好きな人は他にいる」という仮説を企てて、ゲームとして割り切ったフリをしながら聡史を抱いているのだ。
ここにあるのはピュアフルとは対極的な実にシステムチックな"情愛"の姿である。

しかしここからがおもしろい。やっぱり二人は思春期を生きる男女だったのだ。
タイトルからしてわかるように物語の後半、聡史に突然"死"が訪れる。
その時"アシタ"が延々と続くものだと思っていた京子と奈々江が感じたものとは...
"アシタ"にいるはずの聡史がいない。じゃあ"アシタ"にどのような思いを抱けば良いのだろう?

さて私がこの本の中で特にオススメしたいのが『君と手をつなぐ』だ。
高校受験を控えた中学3年生の女の子が大学生の塾講師に恋をするストーリーなのだが、
彼女は帰りのバスの一番後ろの席でいつも座ってくれる塾講師と密かに手を繋いでいた。
それ以上は何も望まない。ただ、憧れの人とほんの少しの間、手を繋ぐだけで幸福だった...

...おっと、短篇作品だけにあまり書きすぎると面白みが失われてしまうのでこの辺で止めておこう。
定石通りには物語が進まないし、限りなくピュアフルだが純度100%というわけでもない。
最後の場面の描写が"アシタ"という言葉の意味を最も美しく反映していて私の琴線に触れ、
時間という概念を生み出した超越的な存在を思わず抱きしめたくなってしまった。

「「今」が未来にもう一度やってくることは、絶対にない」 (p83)

春休みを過ごす君にオススメの一冊。

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