BOOK REVIEW 188 桜井亜美『Lyrical Murderer』

ISBN 978-4-344-40601-8Lyrical Murderer
桜井 亜美
幻冬舎 2005-02-10
[幻冬舎文庫 さ-1-27]

by G-Tools


今の中高生は「告白」や「別れ話」といった恋愛イベントまでメールで済ませるそうだが、
メールに宿すことの出来る"愛"の総量には自ずから限度がある。

例えばメールで「君のことが好きだ」と書いていたとしよう。
実際に面と向かって真剣な表情で「好きだ」と言われれば、
その"愛"は何の疑いもなくココロの奥底へと滑らかに浸透していくが、
メールだけで愛の言葉を囁かれてもなかなか体内へと吸収されない。

それは相手の顔が見えないというメールの致命的な側面が人々を疑い深くさせるからである。
クレオパトラを口説くほどの美辞麗句がどれだけ連ねられていたとしても、
文脈を過剰に邪推してしまうせいか愛を素直に信じることができないのだ。

もしかしたら嘲笑うかのような表情を浮かべながら適当にメールを打っているのかも...
絵文字ナシのやけに堅い表現だったからホントはそんなに好きじゃないのかも...

"傷つきたくない"という汚れを知らないピュアなココロがメールという保険的手段に対話を逃避させ、
相手を傷つけないように、自分が傷つかないように慎重に言葉が紡がれていく。
ところがそのほうが相手をより深く傷つけていたりもするのだが、そのことに二人は気付かない。
まさにメールが『Lyrical Murderer』とも称される所以であり、
今回ご紹介するこの本に登場する二人もそのパラドックスに見事に嵌り込んでしまう。

本書は大学生と高校生が真実の愛をメールという手段だけで求め続けるせつない恋物語だ。
主人公であるダイチは札幌から上京してきた大学生で、
恋人はいないものの年上のOLのヒモとなって生活費を負担してもらっている。
そんなダイチのメールボックスに一通のメールがやってくることから物語が始まっていく。

そのメールは出会い系サイトに呼び込むためのいわゆるサクラメールだったのだが、
そこに書かれていたある一点がダイチの心に引っ掛かり、
差出人の名が過去に恋した女の子の名前と一緒であることにも偶然気付く。

彼女の名はイリア。都内の高校に通う17歳のお嬢様女子高生だ。
中年のオヤジであるローリンの愛人に明け暮れながら、
同級生のアンナと共に寮生活を営み、渋谷で遊び呆ける日々を過ごしている。
(...とメールで書いていたのだけれども、実はイリアのプロフィールには秘密があった!)

メールを何回かやり取りしていくうちに二人はだんだん自分の本当の姿を文面にぶつけていき、
会いたいという気持ちが沸点に達したときにイリアはブラインド・デートを提案する。
お互い変装してから集合場所に現れ、見つけたとしても絶対に話し掛けてはならない--
そしてブラインド・デートを試みた二人の運命は思いもしない方向へと急展開していくことに......

本書で特に印象的なのは自己を肯定することの出来ないイリアが病的に煩悶する姿だ。
どこにいても楽天的で友達もたくさんいるアタシの仮面が剥がされることのないように、
小さなウソに更なるウソを塗りたくって、虚像の自分を作り上げていくイリア。
ダイチにどれだけ愛を打ち明けられても頑として受け入れることの出来ないイリアには
封印された過去があることが後半で明らかになり、恋人の裏切りが彼女をここまで変貌させた。

イリアにはかつて大好きになった男の人がいた。
その人は人生で初めて「君が大切なんだ」って言ってくれた。
でも彼はイリアを利用するだけ利用して、突然イリアの前から去っていった。
思春期の女の子にとってそれは論理的にも感情的にも受け入れられない異常事態であり、
イリアはそのトラウマに悩み続け、情緒不安定な精神状態に陥ってしまう。

揺るぎない愛が欲しい。どうせなくなる愛ならば最初からないほうがマシだ。
一度繋いだ手はもう一生離されたくない。徹底的に殺菌された永遠の愛を築きたい。
愛することが怖い。愛されることも怖い。でも愛は欲しい...
愛情に対する歪んだ原理主義がイリアを心のテロリストへと化身させ、
真実の愛が遠のいていく。嗚呼、なんと哀しき恋愛模様なのだろう。

そんな迷えるイリアをあなたの手でぜひ救ってあげてほしい。
愛を見失っているティーンエイジャーに捧げる一冊。

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