![]() | 昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか 半藤 一利・秦 郁彦・平間 洋一・保阪 正康・黒野 耐・戸高 一成・戸部 良一・福田 和也 文藝春秋 2007-12-20 [文春新書 610] by G-Tools |
先日起こった海上自衛隊イージス艦「あたご」の衝突事故は
防衛省の危機管理能力が絶望的な状況にあることを改めて露見した。
日本は第二次世界大戦の戦後処理を曖昧なカタチで終結させてしまったせいか
半世紀以上経った現在でも戦争の傷跡に悩まされ続けている。
それは対外的には"過去の清算"というカタチで現れ、
未だに東アジア諸国から謝罪を要求されるという事態を生み出しているし、
国内的には"失敗の清算"が不十分であったために、
戦前的な空気が21世紀も霞ヶ関に温存されるという状況になってしまった。
これは日本にとって大変不幸なことだと思えてならない。
もし戦後すぐに自分たちの手できちんとした戦後処理を行っていれば、
近隣諸国と揉めることもなく、官僚が腐敗に陥ることもなく、
今よりもさらに魅力的な日本となっていたに違いないだろう。
ならば今、改めてあの戦争を陸海軍の立場から問い直してみようではないか...
本書は先の大戦における"失敗の清算"を試みる一冊で、
月刊誌『文藝春秋』で特集された座談会を二編収載している。
前半は陸軍、後半は海軍をテーマに8人の保守派論客が日本型組織の弱点を指摘し、
軍人たちの人間性を炙り出している討論の内容は実に興味深い。
結論から言えば、太平洋戦争は無謀の一言に尽きる愚直な戦いだった。
そもそも日本と米国の国力の差が何十倍も違うことは軍内部でも把握していたし、
仮に戦争をしたとしても勝算が限りなくゼロに近いことは明らかだったはずだ。
なので良識ある軍人たちはいかに戦争を回避するかに奔走した。
しかし驚くべきことに軍の中枢部は「空気」だけでそのまま戦争へと突き進んでいく。
(その空気が何たるかは 猪瀬直樹『空気と戦争』(文春新書) を参照されたい)
システマチックに構築された政策なんてどこにもなかったのだ。
「昭和の陸軍は、持久戦をやるのか、短期決戦でいくのかという
戦争の基本的なポリシーを確立しないまま、昭和十六年の開戦へなだれこんでしまった」 (p78)
そこには幕僚が上層部を掌握するという権力の逆転現象も見られたし、
必然的に指揮系統も複数存在することになって前線も混乱していく。
さらにライバル心を剥き出しにした陸軍と海軍の啀み合いもあり、
戦争末期の海軍は米国ではなく陸軍に対して戦争をしていたと言っても過言ではないほど、
陸海軍が力を合わせて戦争を遂行する"両輪の権力"が全く機能していなかった。
また陸軍の中枢は天皇も止められないほどの暴走を繰り返し、
神頼みとも言える稚拙な精神主義が蔓延して、戦争末期には軍全体が狂気と化していた。
どうして「愛国心さえあれば勝てる」などといった精神主義がこれほどまでに幅を利かせたのか。
本書は当時の中枢部が"戦争を知らない世代"であったことに着目して、
リアリティなき人間が戦争の指揮を執ることに警鐘を鳴らしている。
また、「英米と戦争をするのに、軍中枢に英米を知る人がいなかったし、
知ろうともしなかった」 (p83) とあるように、
都合の悪い情報はすべて遮断し、都合の悪い人間は爪弾きにするといった
ムラ社会の論理が戦争の敗因の一つであったことも各氏は指摘している。
「長老が人事を壟断し老害がはびこり、年功序列と学校の成績が幅をきかせて、
内輪で固まり、外の目を意識できなくなった」 (p230)
ここまで書けばみなさんも一つの事実に気付いてくるだろう。
"今の日本の組織と当時の陸海軍が構造的に大して変わっていない"という事実に!
厚生労働省の隠蔽体質や防衛省の暴走体質や
都合の悪いことにはすべて目を瞑る赤福や船場吉兆...
これほどまでにあらゆる組織に"悪"が蔓延っているのは
先の大戦における"失敗の清算"が足りなかったからとしか思えない。
日本人は何が弱点なのか。日本型組織の何が欠陥なのか。
そういったマイナス要素を徹底的に分析して、
その上で改善する努力を国民レベルで共有していく。
本来日本人が美徳としていた"克己心"から逃げ続けたからこそ、
今、この世の中が無茶苦茶になってしまっているのではないか。
まずその出発点としてなぜ太平洋戦争で日本が負けてしまったのかを考えることは
今後の日本を再構築していくにあたって大切なことだろう。
一時的に神経を高揚させるだけの空疎な精神論は何の実益にもならない。
そんな呪文を唱えるくらいならばもっと深部まで真相を抉り出してみよう。
別の視点から戦争を捉えた鋭い史書をあなたへ。


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