BOOK REVIEW 180 城山三郎『官僚たちの夏』

ISBN 978-4-10-113311-9官僚たちの夏
城山 三郎
新潮社 1980-11-25(改:2002-03-15)
[新潮文庫 し-7-11]

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俗世に生きていると何かに対して妥協せざるを得ない機会に遭遇することが多い。
こういったときには集団の論理が働くため、たいていは「個」を押し殺すことになるのだが、
それでも「筋を通す」ことのできる人間になりたいものだと常日頃から実感している。

ただ筋を通すことには大きな危険が伴う。
時には人生において取り返しのつかない結果にも繋がりかねない。
だけども筋を通さねばならない時に筋を通さないと「私」が「私」を許さないだろう。

さてここでふと考えてみた。
霞ヶ関に蠢く官僚たちは果たして筋を通しているのだろうか、と。
逮捕された防衛省の某事務次官は筋を通すことから逃避し続けた。
天下国家よりも大事なのは自分と身内とカネであり、国民なんて蚊帳の外...

悲しいながらもこういった官僚が他に後を絶たないのが現実だ。
こう不祥事が続発してしまうと官僚はみんなけしからん輩なのかと勘ぐりたくもなる。
しかし官僚にも古き良き時代があった。
筋を通して、正攻法で政策を立案し、天下国家を語り尽くした輝ける時代が...

本書は高度経済成長を牽引した通産省を舞台に繰り広げられる物語で、
明日の日本を夢見て官僚たちが繰り広げる熱き人間ドラマは城山三郎の真骨頂だ。
官僚と政治家が権力をめぐって死闘する姿がダイナミックに描かれていて、
人間の内部に潜む様々な欲と葛藤が文体に抉り出されている。

主人公の風越信吾はエリート街道をひた走る"ミスター・通産省"。
「人事の風越」との異名も取り、人物に関する情報はたとえ小さなものでも見逃さない。
国家のために個人を没することは当然であるという信念を持ち、
余暇に楽しむ同僚を軽蔑し、無定量・無際限に職務に打ち込んだ。

そういった一面から風越はキャリア官僚の保守本流とも評価できるが、
一方で風越は官僚とは程遠い気質も同時に持ち合わせていた。

たとえ相手が閣僚だろうが大物財界人だろうが絶対に自分から頭は下げない。
挑発的とも言える歯に衣着せぬ言動は時に政治家を激怒させ、
権益が衝突する権力者たちからは常に煙たがられる存在であったのだ。
丸く収めるという日本的な行為が風越の脳内にはインプットされておらず、
保身のことを度外視して上司や政治家にひたすら楯突いていた。

風越の周囲には様々なタイプの官僚たちがいた。
「木炭自動車」と呼ばれ、一度火がつくと止まらない庭野。
「潤滑油」と呼ばれ、灰汁の強い風越でも慕っていた鮎川。
秀才だったが病に伏し、フランスへ飛ばされてしまった牧。
...作品中、彼らのポストはめまぐるしく変化し、
やがて風越も事務次官へ王手をかける企業局長へと昇進していく。

そしてハイライトとなるのが「指定産業振興法」成立に向けての攻防だ。
外国からの脅威に晒され、終わりなき過当競争に明け暮れる日本企業を護るために
国としては行政指導ではなく行政法として強力に推し進めていきたい。
そうしないと日本の産業は廃れて、やがて没落していくハメになってしまう。
まさに 「ひよわな日本企業を一人前になるまで温室の中で保育したのが通産行政」 (p346)
と言われる所以である。このスタイルが日本の高度経済成長の屋台骨を支えた。

なので振興法という名がついていても実質は保護法であり、
産業界からの反発も強く、また政党のバックアップも思うようには得られなかった。
それに風越の不器用さが仇となり、根回しも思い通りに進まない。
通産省の威信をかけて、省内一丸となって全身全霊で法案成立に尽力したが...

物語の中心となる1960年代は日に日に豊かさを実感できる時代であった。
欧米に追いつけ追い越せで経済成長が続き、人々もリッチな未来のために勤勉に働き、
昔気質の官僚もまだまだ現役で、省内にも何かを成し遂げようという気概が溢れかえっていた。
だからこそ官僚たちは身を捨ててまでも仕事に没頭できたのかもしれない。

翻って現代を鳥瞰してみると、経済は停滞し、ただ経済成長をすれば是という時代は終わった。
そもそも省内が一丸となって取り組むべきターゲットがもはや存在しない。
通産省は経済産業省に衣替えし、新自由主義の下ではかつてほど権益もなく、
新しい経産行政を構築していかなければならないのに往々にして改革は進まない。

このように閉塞した今の時代に本書を読むと"時代小説"を読んでいるような錯覚に苛まれる。
直球勝負で職務に挑む官僚の姿は過去の遺物でしかなく、
緊張感に満ちた政策過程はまるで架空の国のそれを見ているようだ。

だが日本にもこんなに夢に満ちた時代が本当にあったのだ。
今の日本があるのも通産官僚たちが命を賭けて政策に打ち込んだからであり、
その"魂"は次世代へとしっかり継承していかなければならない。

負けるな官僚!負けるな日本!
夢に燃えた男たちのヒートアップした闘いをあなたへ捧ぐ。

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