BOOK REVIEW 177 角田光代『庭の桜、隣の犬』

ISBN 978-4-06-275845-1庭の桜、隣の犬
角田 光代
講談社 2007-09-14
[講談社文庫 か-88-7]

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結婚して夫婦が一緒に住む意味とは何だろう。
もちろん結婚を経験したことのない私に深くはわからない。
ただ恋愛関係と夫婦関係では意味する性質が違うことは私にもわかる。

夫婦という社会的制度は果たして必要なのかといった議論はとりあえず隅に置いて、
夫婦になると必然的に新しい家族ができ、相手方の親類は自分の親戚となる。
結婚することによって昨日まで赤の他人だった人がいきなり血縁関係に組み込まれ、
これにより戸籍制度が確立されている日本では様々な利害関係が生じていく。

だからこそ夫婦になると様々な"制限"が加えられることになるが、
中でも民法752条の【同居・協力義務】は数ある"制限"の代表例の一つであり、
一緒に住んで協同で営為しないと家族はカタチだけの死に体となってしまうだろう。

一昔前ならば家族に対して明確なビジョンを持つことができた。
自家用車を買って、マイホームを建てて、子どもを産んで...
年功序列と終身雇用が保障されており、
来年は今年よりも確実に豊かになるといった経済成長神話があった頃は
幸福な生活を夢見てひたすら人生のコマを邁進していけばそれで良かった。

だが今の時代は違う。家族間の繋がりが薄くなり、将来へのビジョンが不明瞭だ。
仕事的にも一寸先は闇のこの時代。未来に何が起こるかなんてわかりやしない。
子どもの頃と違って夢なんて特に何も持てないし、人間関係もダルいだけだし、
幸福の定義すらもわからない。じゃあ一緒にいる意味って...??

今回ご紹介するこの小説は結婚5年目で子どもがいない30代半ばの夫婦が
日常で起こる様々な出来事を通して"夫婦が一緒にいる意味"を模索していく作品だ。

宗二は都内の会社に勤めるごく普通のサラリーマン。
たまプラーザに在るマンションを35年ローンで購入し、
専業主婦である房子と共に暮らしている。

二人の出逢いは上海でのツアー旅行で、気がつけば二人はゴールインしていた。
結婚してからも特にこれといった生活上のトラブルはなく、
今でもお互いを「そうちゃん」「ふさちゃん」と呼び合うほどで夫婦仲も悪くない。
ただ何かが足りない。何かがおかしい。何かが夫婦らしくない。
夫の残業が重なって二人の間に見えない心の行き違いが生じ、
房子も昼間は実家へ頻繁に帰るようになっていた。

ある日、宗二は会社の近くにアパートを借りたいと突然言い出す。
残業が多く、マンションに帰れない日々が続くので、
精神的なリフレッシュのために仮眠室的な部屋がどうしても必要らしく、
カプセルホテルを借りるよりも金銭的にマシであると宗二は力説する。
でもそれっておかしくない?二人で暮らす意味は何なのさ?
ひょっとして浮気を企んでいるの?私はもういらないの?

だが、そう思う房子も何だか暖簾に腕押しみたいな感がして力が入らない。
二人に何があってもゼロにゼロを足すようで、価値があるとは思えないのだ。
ゼロならばたとえ別れたとしてもゼロはゼロであり、
どうして二人は結婚という選択肢...いや、そもそも結婚って何だろうと房子は思い悩む。
そして二人の身の回りにさざ波のような出来事が次々と起こり、
物語は思いもかけない展開へと進んでいく...

テーマは若干メッセージ性が強いものの、文体は比較的コミカルに綴られているせいか
作品自体に親近感を抱くことができ、ストーリーにもぐいぐいと引き寄せられていってしまう。
読み心地の良さの裏に潜む"リアリティ"も実に意味深な作品だ。

ある登場人物が最後に呟くこの言葉が胸に響く。
「あのねえ、結婚というものはひとりとひとりのことなんじゃなくて家族全体のことなのよ」 (p287)

先ほども書いたが、結婚することによって様々な利害関係が生じ、
冠婚葬祭や季節の贈り物など儀礼的で煩雑なイベントへも逐一コミットしなければならない。
昔と違ってプライバシーがある程度確立された現代社会では
血縁によって行動が雁字搦めされることはあまり気持ちの良いものではないだろう。

それでも大多数の人々は結婚を目的として人生のプランを立てていく。
なぜならば「家族」は人間にとってかげがえのない心の故郷であるからだ。
いかなる物にも代替不可な家族は、なんやかんや言いながらも素晴らしいものなのである。

良い一日ばかりではない。悪い一日だってたまにはあるだろう。
夫婦が一緒に暮らす理由を探ることは一週間後の天気を探るようなもの。
それでも探りたいあなたにこの一冊を薦めたい。

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