BOOK REVIEW 174 三島由紀夫『青の時代』

ISBN 978-4-10-105020-1青の時代
三島 由紀夫
新潮社 1971-07-15
[新潮文庫 み-3-20]

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血液は静脈と動脈に分かれて流れており、どちらが廃れても身体は機能しない。
同じように人間の感情にも静脈と動脈に比するエレメントがあるのではないかと私は考える。

これは私自身が一元的に物事を解釈することができない人間だからかもしれないが、
「行為」は必ず二律背反を伴っており、遠近両用レンズを用いなければ真理は顕現しない。
この場合の二律背反とは功徳と悖徳の相違のことを示しているのではなく、
客観と主観が織り成すシニシズムとでも表現すればよいだろうか。

だからこそ私は幼き頃から周囲と違和感を感じてきた。
感情の総体を無心に投射できる同級生は私の価値観からすれば狂信と映ったし、
なぜ彼らの辺縁系にはモノラルなプラグしか没入されていないのかと面妖に思ったものだ。

「楽しんでいる自分」と「楽しんでいる自分を遠くから見ている自分」。
故に自分は道化と虚構の狭間に朽ちたパラドックスであり、
実存は飛翔し、胸臆は分裂し、鋭利な刃が絶えず精神を切り刻んでいく。

なのでこの小説に登場する主人公の屈折した人生にいざ触れると、
私の奥底に眠る精神的な有機物が共鳴してならないのだ。

本書は名家に生まれエリートコースをひた走る主人公:川崎誠の生涯を綴った作品で、
世間的には「光クラブ事件」を題材とした小説で知られている。
が、実は事件の顛末についてはほとんど描写に力が注がれておらず、
むしろこの奇特な主人公の人物描写が主となっていることに着目したい。

ただご本人も後年に別の作品で述懐されているように、
『青の時代』には半ば失敗作的な側面があることは否めない。
実際に読んでみるとわかるが、前半と後半では物語のテイストが全く違っていて、
作品の特性上、最も描写されて然るべき時期が意図的にぶった切られている。

よって私自身も「物語」として読むならば正直言ってそれほど佳作とは言い難い気がしてしまう。
文体は群を抜いて美しく、現代作家百人が束になって三島に挑んでも勝てないと思うが、
この作品はあまりにシステマティックすぎて、行間に生命を感じない。
"研究室で実験を重ねていたらいつの間にかコトが終わってしまっていました"
そんな感のする作品であるのだ。

当たり前のように感じる感情が主人公の場合は不感症の如くシナプスを伝ってこない。
周囲の大人は自分のことを無慈悲で偏屈な人間だと考思しているだろうし、
およそ磊落とは程遠い場所へ自分を押し込め、その裏に潜む自分を識認しようともしない。
実に不本意極まりないではないか。だから僕は精神的に復讐してやるんだ--
前半ではそんな少年時代の心の異常な揺れ動きが様々なエピソードから描出されている。

「傷つきやすい心と、氷のような無感動と、どうしてそんな相容れないものが、
 一人の人間のなかに住んでいるのかなあ」 (p35-36)

やがて少年は大人になり、詐欺で大金を失った腹いせに今度は自分で金融会社を設立する。
しかしこれは"復讐"ではない。金は目的ではなく自分を護る手段でしかないからだ。
なのに世間は自分を俗物的に解釈し、虐待とも言える目視で自分を透視しようとする。
...自意識過剰で被害妄想過多の主人公の懲罰意識は止まることを知らず、
一人の女を愛することですら精神的に煩悶を続けてしまう。

「彼女が物質を求めているあいだ、僕は誠心誠意精神的に彼女を愛しつづける。
 そしてついに彼女が僕を精神的に愛しはじめたら、
 そのとき僕は彼女を征服しておいて敢然と捨てる」 (p123)

そこまで内省的になってどうするんだと進言したいところだが、
壁が見えるまで彼は自己に内在するもう一人の自分と格闘を続ける。
そして壁が眼前に現れ、もう為す術がなくなってしまった時、
彼の選択肢はただ一つ、己を細胞もろともリセットするしかなくなる。

「僕は金を盾にしてこの堕落から身を護ろうとした。
 金が理解し、金が口をきく以外に、人間同士は理解される義務もなく、
 理解する権利もない、そういうユートピアを僕は空想したんだ。
 君は不潔だ。なぜかというと君は僕を理解しようとする」 (p191)

自分を理解されることがこの世の中で最も恐ろしいことであり、
自分を理解されるくらいならばもうこれ以上生きていく理由なんてない。

...この屈折しながらも筋道が通っている世界観をあなたは理解できるだろうか。
主人公の人生について真剣に語り合いたい一冊。

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