![]() | 京都・同和「裏」行政 現役市会議員が見た「虚構」と「真実」 村山 祥栄 講談社 2007-12-20 [講談社+α新書 380-1C] by G-Tools |
BOOK REVIEW 150 読売新聞京都総局『京都 影の権力者たち』では、
社会の裏に潜む権力者たちの様々な実相について取り上げたが、
他にも京都には決して表立って語られることのない裏の顔がある。
同和行政の問題だ。
2006年・夏、相次ぐ市職員の不祥事問題で京都市に激震が走ったことは皆様もご記憶だろう。
覚醒剤、窃盗、傷害、横領といった刑法犯から、半日しか働いていない就業の実態、
幽霊バスの存在、税金垂れ流しの現場…など暴力団顔負けの犯罪オンパレードで、
幹部を含めて77人が処分されるという異常事態にまで発展した。
「公務員はどうなってるんだ」「これほどまでにレベルが低いのか」
と市民の怒りも頂点に達し、京都市への信頼も地に堕ちてしまったものだ。
が、ちょっと待ってほしい。ここで注意深くデータを読み解く必要がある。
実は不祥事を起こした職員の”なぜか”半数以上が環境局に集中しているのだ。
どうして環境局ばかりにこうも不祥事が多発するのか。
もちろん京都市の監督責任が一番に問われることは言うまでもないが、
かつての同和行政で行われていた優先雇用制度がその一因にあることは否定できない。
この件に関しては桝本頼兼・現京都市長も議会で公言しており、事実を認めている。
京都市民として自分が住んでいる自治体を批判するのは心苦しいものがあるが、
先の事実が明示するように同和行政の腐敗はあまりにも醜く、
財政非常事態宣言をした市政の「癌」と化しているのは誰の目にも明白だ。
それ故に市民は今一度同和行政の残滓を再認識し、ありのままの実態を把握し、
そして真の意味での同和行政終結へ向けたロードマップを一考していかねばならない。
本書は同和行政という名のパンドラの箱を開けてタブーへ挑戦した衝撃の一冊だ。
京都市会唯一の無所属議員である著者は一連の不祥事問題の火付け役となった人物でもあり、
2003年の市会議員選挙にて最年少記録で当選後、2007年の選挙ではトップ当選も果たした。
第一章ではそんな著者の政治活動の源泉が歩んできた人生と共に語られており、
”組織や政党に縛られず、しがらみのない若手だからこそ出来る市政改革”を実現するために、
現在も政党には所属せずに孤軍奮闘されている。だからこそタブーの追及が出来るのかも知れない。
過去にあった不幸な歴史を清算すべく政府は1969年に同和対策事業をスタートさせ、
2002年には当初の目的が達成されたとして国策としての同和行政はすべて終了した。
京都市も同年「同和事業の終結」を高らかと宣言し、同和行政は過去の遺物…
…となって然るべきなのだが、実は京都市の同和行政は未だに地中化で継続されている。
本書では地道な政務調査によって得られた結果を赤裸々に公表しているのが特徴的だ。
行政が発表する資料がいかに現実と乖離しているかがよくわかり、同時に憤りを感じてならない。
例えば隣保館と呼ばれる旧同和地区における行政窓口的存在の施設がかつてあったが、
同和行政終結と共に近隣住民に広く開かれたコミュニティーセンター(コミセン)へと衣替えが成された。
ところがその実態は実質的に同和政策の継続と言って差し支えのないことが本書でわかったのだ。
なぜか貸館を拒み続けている謎の部屋の存在や一部住民にだけ占有されている体育館、
関係者以外お断りの超豪華なボクシングジム、誰も通わない文化講座…
つまり社会に広く開かれて然るべき公共施設が一部地域の住民に事実上独占されており、
その管理費までもが億単位の税金で賄われている醜い実態が本書によって浮き彫りになっている。
京都市全域にこういったコミュニティ施設が点在するならまだしも、
「旧同和地区にしか存在しないことが大いに問題」 (p146) なのだ。
さらに驚くべきは旧同和地区に建設されたいわゆる改良住宅の居住実態だ。
一般の公営住宅と違って緩い基準で格安に(家賃1~2万円)借りることができるのだが、
その不正利用が後を絶たず、高級車を所有しているのに家賃を滞納している住民も少なくない。
そんな悪事をずっと不問に付している京都市の姿勢は甚だしく問題であると言えるし、
民間ならば確実に破綻しているにも関わらず、政策転換を行う気配もなく
ひたすら税金を注入し続ける京都市の公金感覚も麻痺していると言わざるを得ない。
こういった旧同和地区への際限なき特別扱いが地域外住民の「逆差別」感情を生み出し、
旧同和地区住民の自立を妨げ、いつまで経っても差別がなくならない悪循環に陥っている。
ワーキングプア、待機児童、医療格差など生命に関わる政策課題が噴出し、
当の京都市も緊縮財政を強いられている現状において、
終わったはずの同和行政をこれ以上優遇する必要性は全くない。
著者も言うように同和行政は一日も早く完全終結させるのが筋ではないか。
折しも2月には京都市長選挙が行われる。
市長選において同和行政を争点に掲げることを著者が進言しているように、
行財政改革を遂行するにあたって同和行政の問題を避けて通ることはもうできない。
ここで市長選までに市民が一丸となって争点を整理することが何よりも求められる。
政党や団体のプロパガンダに流されることなく、まずはガラス張りの実態を直視して、
その実態を基に市民一人一人が政策の妥当性をじっくりと腰を据えて考える。
もし争点化を避け既得権益に逃げるならば、京都市は第二の夕張へと転落していくだろう。
京都市の同和行政を考える材料として本書は非常に有意義である。
本書を京都市民必読の一冊としてここに捧げたい。


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