![]() | 風に桜の舞う道で 竹内 真 新潮社 2007-10-01 [新潮文庫 た-83-2] by G-Tools |
「久しぶりやーん。元気しとった?」
大勢の人が行き交うターミナル駅の片隅で、私はある友人と久々の再会を果たした。
今からちょうど6年前、一緒に予備校へ通っていた仲間である。
予備校と聞くと大学受験のために浪人生が行く場所というイメージが一般的にはあるのだが、
高校を中退している私にとっての予備校とはまさに高校そのものであり、
あの小さな空間には酸いも甘いもたくさん経験した私なりの青春が詰まっている。
その予備校(大検予備校)は全国展開する某大手予備校の中に併設されていた。
学校行事なんてほとんどない。ただひたすら無機質に少人数の授業が延々と続くだけの毎日。
完全なる自由が確立されたアバンギャルドな学校だったからこそ
揺るぎない「強い個」が築けたし、誰よりも責任感を育めたし、
在学中はいろんな意味でとにかく好き放題やらせてもらった。
良くも悪くも予備校時代が私という存在を構成している礎となっていることだけは確かだ。
再会した彼も私と同じように当時から自由人だった。
きっと彼は大学卒業後、山籠もりをして自然と共に生きるんじゃないかと密かに思っていたのだが、
秀才だった彼は今や立派な国家公務員として日々奔走している。
そんな彼に勧めた小説が一つある。それが今回ご紹介するこの物語だ。
1990年春、大学受験に失敗して浪人することになった主人公:アキラが
これから一年間過ごすことになる桜花寮の前のバス停に降り立つところから物語は始まる。
そのバス停には同じ寮の住人となるヨージとリュータもいて、3人はすぐに友達となった。
桜花寮には個性豊かな10人の浪人生が一年もの長期にわたって寝食を共にしていた。
クラスの好きな子に手を出して志望校を変えざるを得ないほど玉砕したニーヤン、
あまりのストレスに寮を脱走してしまったこともある東大志望の吉村さん、
不良にカツアゲされて泣きながら帰ってきた医学部志望のゴロー…
喜怒哀楽を共有しながら仲間内の連帯感を強めていた彼らは一人一人がとても個性的で、
次の春に大きな花を咲かせることを信じ、不安に押し潰されながらも毎日を勤苦していた。
それから10年後…
すっかり社会人となっていたアキラに「リュータが死んだらしい」という風の便りが届く。
リュータと言えば桜花寮のメンバーの中でも特に仲が良かった友達だ。
毎朝一緒にジョギングをし、桜花寮を退寮するときに見送ってくれたヤツでもある。
そんなリュータが何故?どうして??そもそもその噂は本当なのか!?
事実を確かめるためにアキラは奮闘し、当時のメンバーにも久しぶりにアポをとってみた。
連絡がとれる人、とれない人、連絡がとれても当時とは完全に変わってしまった人…
10年という歳月は未熟だった僕たちを大人にさせ、大切な何かを僕たちから奪っていった。
そしてアキラが辿り着いたリュータの真実とは…
物語は1990年の浪人生時代と2000年の”10年後”の情景が、
村上春樹の小説のように時空を超えてシンクロしながら進行していく。
予備校というのは陰鬱さとプラスイオンが不器用に混在している何とも不思議な場所で、
ある種の独特な雰囲気が全身を包み込むように充満しており、
本作品ではそんな”空気”が見事なほどに描出されているのがポイントだ。
あるシーンにてアキラがふと抱いた思いにシンパシーを感じる人もいるかもしれない。
「何者でもない浪人生の立場にいる自分が、ちっぽけでとるに足らない存在に思えてくる」 (p317)
どんなに楽しいことがあっても、所詮自分は浪人生なのだという厳然たる現実。
高校生でもなく大学生でもないという微妙な身分。
絶望に泣いているわけでもなく、希望にギラギラ燃えているわけでもない。
そんな自分にも出会いは訪れ、無色透明の未来は彩色されるのを待ちながら微笑んでいる。
寮に住んでいた10人の友情模様が私にはとても眩しく映った。
思わず目を覆いたくなるような恥ずかしい出来事も、取るに足らないような些細な出来事も、
友情という魔法が唯一無二な想い出へと昇華させていく。
その魔法は10年経ってもまだ効果が持続していて、
つながりがつながりを呼んでいき、新たな人生のチャンスをも紡いでいく--
”永遠の友情”とはなんて素敵なものなのだろう。
「この小説と出会えて良かった」と心から思える傑作をぜひあなたにも読んでほしい。
そう、あの予備校で私と出会ったすべての人たちに「ありがとう」と伝えつつ。


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