BOOK REVIEW 159 豊島ミホ『檸檬のころ』

ISBN 978-4-344-40922-4檸檬のころ
豊島 ミホ
幻冬舎 2007-02-15
[幻冬舎文庫 と-8-2]

by G-Tools


16歳から現在に至るまで、私は毎日手書きで日記を綴り続けている。
基本的にその日あった出来事や抱いた感情、今後の戦略などを詳細に書き記していて、
当然のことながらとてもではないが他人に見せられる代物ではない。
この日記を読むことが許されているのは世界でも私一人だけだ。

もちろん書いてばかりいないで読み返すことだってたまにはある。
が、どうしても開くことの出来ない日記帳が何冊かある。

…10代の頃の日記帳だ。今となってはあまりにも青すぎて正視に耐えない。

あの頃の自分は今にして思うとどうしようもなく不器用で格好悪かった。

なぜあんなことを言ってしまったのだろう。
どうしてあと一歩の勇気が出なかったのだろう。
あれほどまでに自我と自我を衝突させた意味は何だったのだろう。

誰だって青春時代というのは甘酸っぱくもあり、ほろ苦くもあり、何もかもに鋭敏だ。
10代から離れれば離れるほどあの頃の”普通”の日常や感覚が胸に突き刺さっていく。
若さと青さに満ちていた瞬間は想い出だけを残して光の彼方へと消えていった。

そんな瞬間を真空パッケージして永久保存したのが今回ご紹介するこの連作短編集だ。

舞台は田舎に佇むどこにでもありそうなごく普通の高校。
クラスの男女仲が特に良いというわけではなく、醜いいじめがあるわけでもなく、
現代っ子特有のしらけムードが教室内を常時包み込む。
グループ内ではかなり内輪で盛り上がるのだが、クラスそのものは開店休業状態なのだ。

それなりに勉強して、それなりに友情して、それなりに恋愛する…
映画の題材になるような派手な出来事はこの物語には全く起こらない。
恋人が難病にかかったり、友達がクスリとセックスに溺れたり、
熱血先生が登場して高々と人生を説いたりするシーンなんてもちろんない。
そこにあるのは著者曰く 「地味な人なりの青春」 (p274) だけだ。

最初の『タンポポのわたげみたいだね』では保健室登校をするサトが主人公として登場する。
特に理由なんてないけれど、彼女はある瞬間から教室へ入るのを放棄してしまった。
そんな少女の唯一の友は同じクラスのアイドルである”宮崎あおい”似のゆみ子。
誰に頼まれたわけでもないのにゆみ子はサトに会うために保健室のドアを毎日開けていた。

が、ゆみ子はある日男の子からコクられて”一緒に通学しようよ”とのお誘いを受ける。
えっ、だけど一緒に通学しているのはサト…そう思ったと同時に男の子はゆみ子にこう切り返してきた。

「あんなの、どうでもいいじゃん。見捨てちゃえよ」 (p28)
「ほっとこうよ、あんなブス」 (p29)

本音を言えば私だってもうサトとは関わりたくない。デートだってしたい。
でも…でも…でも…でも…

後の『担任稼業』では担任教師の視点からサトが語られている。
それぞれの短編の主人公が他の作品では脇役となって登場していて、
各々の短編が相互に連関している構成が実に斬新でおもしろい。

『ラブソング』の主人公は音楽ライターを志す硬派で根暗な少女:白田。
クラスの女達が下衆な猥談で盛り上がっていても、白田は廊下で一人音楽を聴き続ける。
音楽さえあれば恋愛なんていらない。音楽こそが私のすべて。
だから恋愛のような俗世の人間がすることには染まるわけがない…はずだった。

ある時、そんな白田に同じクラスの辻本くんが声をかけて二人はすっかり意気投合をする。
この感情は何だろう?もしかしてこれが恋っていうもの?
ほんのちょっとしたきっかけで、恋の鼓動は加速度的にボリュームを上げていく。

「こんなに話の合う奴と喋ったの初めてだよ、
 という辻本くんの言葉を噛み締める。
 熱が、血液を渡って身体中に広がっていく。
 凄い! 世界ってこんなにも熱いものだったんだ」 (p169)

世界のすべてが辻本くんで回っているかのような血潮が滾った。
辻本くんがただ友達になりたい一心で白田に声をかけたなんてわかる余地もない。
ティーンズが陥る友情と愛情の哀しき倒錯。やがて歯車が狂う瞬間がやってきて…

最後の『雪の降る町、春に散る花』は
東京の大学へ行くことになった18歳の女性が経験する”旅立ち”と”別れ”を描いた秀作だ。

生まれて初めて経験する親離れ。未知なる世界への上京。
そのことは地元へ残る彼氏と離ればなれになってしまう事実も同時に意味していた。
大好きな彼とのお別れはやっぱり辛くて嫌なものだけど、
同時に新しい世界に何かを期待している自分もいる。

自分が家からいなくなるってどういうことなのだろう。
親は平然としているけれど、本当はあたしのことどう思ってくれているのかな。
そしてこんな田舎が私に残してくれたものはこれからの人生でどういった意味を持つのだろう。
また田舎に帰ってきてもきっとあたしのことを笑顔で迎えてくれるよね。

私はこの短編こそ『檸檬のころ』というタイトルが一番似合うのではないかと思う。
著者の潔いほどに洗練された描写があの頃特有のせつなさを滾らせる。

読んでいるうちに愛おしくなって思わず抱きしめたくなること間違いなしの全7編。
ティーンズの頃に経験した繊細な心の駆け引きが眩しくもありしおらしい。
大人になってしまった疲れたあなたにぜひ読んでほしい一冊だ。

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