BOOK REVIEW 157 本多孝好『真夜中の五分前』

ISBN 978-4-10-132251-3真夜中の五分前 five minutes to tomorrow side-A
本多 孝好
新潮社 2007-07-01
[新潮文庫 ほ-18-1]

by G-Tools
ISBN 978-4-10-132252-0真夜中の五分前 five minutes to tomorrow side-B
本多 孝好
新潮社 2007-07-01
[新潮文庫 ほ-18-2]

by G-Tools


ヒトのDNAには生存に必要なあらゆる情報が凝縮されている。
DNAは減数分裂を経て半減され、その過程で複製・分裂を繰り返していくわけだが、
複製したときに起こる染色体の乗り換えによって、違う遺伝子を有したヒトが形成されていく。
なので同じ父母から生まれた兄弟姉妹と雖も全く同じDNAを持つことは理論的にありえない。
その変化のパターンは実に10の22乗通りだというのだから生命の構造は何とも不思議なものだ。

だが稀に全く同じDNAを持つ兄弟姉妹に出会うことがある。そう、一卵性双生児の存在だ。
彼・彼女らの社会的境遇を極限にまで同一化していくと完全なるコピー人間が出来てしまう。
臓器移植を行うときでも拒絶反応が全くなく、友人はおろか親でも外見の区別が難しい…

いやいや、そんな生物学的な話よりももっと切迫した問題がある。
仮に一卵性双生児のAさんとBさんがいたとして、あなたはAさんを好きになったとしよう。
AさんとBさんは同じ屋根の下で長年ずっと一緒に暮らしてきて、
ルックスから趣味や性格に至るまで二人を構成するあらゆるパーツは全く変わらない。

ならば何故あなたはAさんを好きになったのか。
絶対にAさんでなければならないというその理由は一体何なのか。

”どっちが好きなの?絶対に私じゃなければいけないの?”

今回ご紹介する物語に登場するかすみとゆかりはまさにそんな一卵性双生児の姉妹であり、
真実の愛を前にしてアイデンティティを喪失してしまう二人の姿が哀しくも映し出されている。

広告会社に勤務する主人公の「僕」は大学時代に恋人を交通事故で亡くしてしまって以来、
大脳を司る愛という名の受容体が夢寐な状態へ陥ってしまったかのように愛を見失ってしまった。
新しい恋人と付き合うことはできても、無意識的に愛がどこかへ浮遊してしまう。
故にどんなに愛していても肉体関係を結ぶことはシナプスが拒否するし、
仕事の上での「僕」の社会人的感覚もどんどん世間とは乖離していった。

そんな中、暇つぶしに無理矢理足を運んだスポーツクラブにてある女性と偶然出会う。
彼女の名はかすみ。一卵性双生児の姉だ。
ほんの小さな勇気と奇蹟から逢瀬を重ねていった二人はやがて親密な仲へと進展していく。

かすみは妹であるゆかりとの過去を赤裸々に語り出した。
そしてゆかりの婚約者である尾崎に対しての抑えきれない恋慕についても「僕」に打ち明けた。
自分が本当にかすみであるのかがわからない---
小さな頃に親を騙すために姉妹が服を交換して互いの人格を入れ替える悪戯をした時に
親は見事に見破ることが出来なかったし、あの瞬間から自分が自分をわからなくさせた。

もし人知れずそっくり二人が入れ替わってしまったとしたら、
私は自分で自分を殺して尾崎の配偶者として生きていきたい。
ゆかりを殺せたらどれだけ楽か。だけどゆかりは自分にとってたった一人の大切な妹。
でもゆかりはかすみなのではないかという不安と疑念が常に自分を惑わせる。
かすみがゆかりのフリをしてゆかりを演じているだけではないかという思いが堂々巡りを重ねて…

この作品はside-Aとside-Bに分冊されており、
比較的平坦な展開であるside-Aとは裏腹にside-Bで物語は一気に急展開していく。
(どのように急展開していくかは読んでからのお楽しみ)
物語を取り巻くテイストもこの二冊では微妙に違っており、
シティノベルの王道を行くside-Aとは違ってside-Bはどことなくミステリー調だ。

恋人が絶対に私じゃなければならない理由なんて何も一卵性双生児に限った話ではない。
これだけ個性が均質化されて代替可能な現代においては、
恋人同士である誰しもが最終的にはその疑問へと突き当たっていく。
そんな時、私たちは何を基準にして何を拠り所として「愛」を絶対的なものへと昇華させていくのだろう。

『真夜中の五分前』という意味深なタイトルが冠されていて、
side-Aから小出しに伏線が敷かれている割には、
あまり大したことのないトリックだったことが惜しまれる点だが、
愛とは何なのかという根源的な問いを改めて読者へ再提示した点においては良作であった。
side-Aはスタバで、side-Bは図書館で読まれることをぜひオススメしたい。

愛に燃ゆる君のための一作。

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