BOOK REVIEW 154 米原万里『米原万里の「愛の法則」』

ISBN 978-4-08-720406-3米原万里の「愛の法則」
米原 万里
集英社 2007-08-22
[集英社新書 406F]

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どんな時でもユニークな振る舞いが出来る人というのは魅力的な存在だ。
ユニークという言葉はただ単におもしろいという意味を含有しているだけではない。
言うならばユニークとは”知的なおもしろさ”であり、
会話の中で自然と発露できる者こそが大人たる条件であるといって良いだろう。

しかしあまりにインテリジェンスになりすぎると今度は逆に嫌味と捉えられてしまうので、
そのバランスには時と場合に応じて注意を払う必要がある。
ロシア語同時通訳者である米原万里さんはそのバランスが天才的に取れていた。
残念ながら昨年5月に卵巣がんで永眠されたが、
彼女のユニークな視点や語り口は今でも人々の心に深く刻み込まれており、ファンも多い。

本書は没後に出版された最初で最後の講演録集であり、
闘病中に催されたものを含めて4回分の講演が収録されている貴重な一冊だ。

まず最初の演題は本書のタイトルにも冠されている「愛の法則」。
高校生相手に話された講演にも関わらず容赦なく下ネタが飛び交っているのが著者らしくておもしろい。
(ご本人はこの内容を下ネタと評されているが、それは照れ隠しの一つであり、
 世間一般に蔓延る野獣の基準からするとこの講演はまだ上品な部類に入る)

世の中のあらゆるオトコは
【A:ぜひ寝てみたい男 B:まあ寝てもいいかなって男 C:金をもらっても寝るのは嫌な男】
に完膚無きまで分類され、女史に言わせれば90%のオトコはCに該当するという。

この事実から著者はどんどん話を膨らませていき、
どうして人間にはオスとメスがいなければならないのかという究極の命題に辿り着く。
「男の存在価値そのものが性生活にある」 (p52)
と最後に言わしめるまでのスピーディーな論旨展開は非常にユニークかつ説得力があり、
これはみなさんにもぜひ実際に本書を読んで体感していただきたい。

次はこれも高校生向けに話された「国際化とグローバリゼーションのあいだ」。
「国際化」とその訳語であるはずの「グロ-バリゼーション」は実は全く正反対の意味で、
このことを混同している日本人の迷走振りについて舌鋒鋭く迫っている。

国際化というとなんとなくハイカラなイメージがあって、
その言葉を唱えるだけで活動の場が地球規模に拡がっていくかのような認識を抱くが、
日本人が使う国際化という言葉はとどのつまりアメリカ化と同義なのではないか。

「日本は世界というものをとらえるときに、ほんとうの世界ではなくて、
 日本にとって身近な世界、最強の国を一つ定めて、
 そこの文化を一心不乱に取り入れようとする傾向がある」 (p80)

遥か昔の日本人にとっての国際化とは中国の文化を取り入れることであり、
江戸時代においての国際化は蘭学を学んでひたすらオランダに羨望の目を注ぐことであった。
そんな”長いものには巻かれろ”的メンタリティの現代のお相手は言うまでもなくアメリカである。

インターネットで流れる情報の約8割は英語で記載されていて、
英語を使えるようになりさえすればイコール国際化なのだという風潮が漂っているが、
それは本当の意味での国際化ではなくむしろ幻想なのだ、と警鐘を鳴らしている箇所は興味深い。

この他にも講演録は「理解と誤解のあいだ」「通訳と翻訳の違い」と続いていく。
どちらの講演も自身の通訳経験を内容にふんだんに絡めていて、
通訳を日常生活でのコミュニケーションと見立てて説明している場面に至っては
遠い世界だと思いがちな同時通訳の世界をグッと身近に引き寄せてくれる。

「通訳だけでなくコミュニケーションというものが、
 そのように非常に不確実なものであって、
 最終的に完全に一致するなどということはあり得ないという、
 一種の諦念というか、覚悟を持つべきだと思っています」 (p155)

まだ読みたい、もっと読んでみたいとの思いが最高潮に達した瞬間にページは終わりを告げていた。
この続きをもう二度と読むことができないとなると何とも残念な気持ちでいっぱいになるが、
博覧強記という言葉が何よりも似合う人がこれほどまでにユニークな講演を遺していたのだ、
ということはいつまでも忘れないでいたい。

愛に燃ゆる一冊。

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コメント(2)

 以前ぜひ米原万里さんの書評集を読んでみていただきたいと、不躾なお願いをしたサザン大好きと申します、後で思い返してみると大変失礼なお願いを一方的にしてしまったかと後悔しておりましたが、あのときの言葉を少しでも心に留めてこの書評を書いていただけたのだとしたらとても嬉しく思います。
 才気と毒気、ユーモアと愛情に満ちた文章を世に送り続けていた才人の早すぎる死を改めて惜しく思います。

>サザン大好きさん
書き込みありがとうございました!
そうです。この本を読むきっかけとなったのは
サザン大好きさんが「素顔で喋らせてBBS」に書かれた時の一言でした。

書店にこの本が新刊として陳列されているのを見て、
「あっ、あのときに話題になった米原万里さんの本だ!」と
本能の赴くまま衝動的に買っちゃいましたよ~。

本当は「打ちのめされるようなすごい本」を先にレビューすべきなのですが、
この本は実に分量がある本でして(^^; まずは新書のほうをレビューしました。

ブログともども今後もよろしくお願いいたします。

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