BOOK REVIEW 147 大崎善生『パイロットフィッシュ』

ISBN 978-4-04-374001-7パイロットフィッシュ
大崎 善生
角川書店 2004-03-25
[角川文庫 お-49-1]

by G-Tools


数え切れないくらいの人たちとの出会いが今までにあった。
今でも交流を続けている人、逆に今では全く疎遠となってしまった人...
出会いの後に訪れたそれぞれの分岐点には目に見えぬ運命を感じてしまう。

が、どんなに物理的に別れの状態にあろうとも"記憶"だけは不思議と生き続けている。
ふとした瞬間に亡霊と称しても良いくらい記憶が蘇生されてくるのだ。
初めて会う人を前にして「この人の横顔はどことなくあの人に似ている」---
何かを食べようとすると「そういえばあの人もこれが好きだったな」---

中には忘れたい記憶もある。けれどもそう簡単に記憶を忘れることなんて出来ない。
忘れようとすればするほど、逆にどんどん記憶の海へと刷り込まれていくパラドックス。
物語中に幾度となく登場するこのフレーズが胸に突き刺さる。

『人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない』

人と人とが出会うことには一体どんな意味が隠されているのだろう。
この物語にはその答えが小さく小さく隠されている。

主人公の山崎はアダルト雑誌『月刊エレクト(直訳すると月刊勃起)』の発行に携わる有能な編集者で、
大学時代に交際していた由希子から19年振りに連絡がやってくるところから物語は始まる。
山崎は19歳年下の恋人がいるものの独身を貫いていたが、彼女はすでに結婚をして子供も授かっていた。
そんな彼女が久しぶりに会って一緒にプリクラを撮ってみよう、という。

2007年の19年前が「昭和」の時代であることからもわかるように、19年という時間は果てしなく長い。
それでも山崎は一声聞いただけでその声が紛れもなく由希子のものであることを識別し、
二人が付き合っていた当時のありとあらゆる情景を鮮明に回想することができた。

19年前と現在を行き来しつつ、二人が体験したあらゆる出会いと別れが繊細に描かれていく。
初めての出会い、バイト先で知り合ったマスターとの家族ぐるみの付き合い、
すぐに決まった就職先、そこでの上司の一言、突然やってきた悲劇、二人の別れ...
それぞれが独立した出来事であるはずなのに、各々のピースが記憶の網にぴったりと繋がるこの快感。

あの時のあの人が!?その人ってもしや!?それってあの時に言った言葉のこと!?
...少しストーリーが出来すぎていやしないかというのは置いといて、
人間同士が織り成す「出会い」と「別れ」のダイナミズムがこの物語には凝縮されている。

それと同時に登場人物は身体の奥深くに堆積された記憶の遺産に藻掻き苦しむ。
そういった記憶の存在が自らを盤根錯節たる事態へと追い込み、
未来を切り開いていこうにも「出会い」の呪縛が自分をアンコントロールにさせてしまう。

「過去の記憶は心に貼りついてしまったシールのように剥がそうとしてもなかなか剥がすことはできない。
 ある瞬間を切り取ったシールは、鮮明に心のなかに在り続けるのだ」 (p158)

記憶は消えない。消えないからこそ時に人々に幸甚をもたらし、時に人々を残酷にさせる。
それは言葉だって同じことだ。今、自分が発した言葉は無意識の領域で心の奥底へインプットされている。

「その言葉はおそらくは二十年後も忘れることなく、自分の中に在り続ける。
 そして、ある日突然、自分を苦しめ出すことになる」 (p75)

さて本作品のタイトルにもなっている『パイロットフィッシュ』とは本命の魚を水槽に入れる前に
環境を整えておく目的であらかじめ試験的に入れておく魚のことを指し、馬の世界でいう当て馬だ。

人と人との出会いだってそんな『パイロットフィッシュ』がいる。
いや、もしかしたらありとあらゆるものが『パイロットフィッシュ』なのかもしれない。
それほど一見無関係と思われがちなこの世のあらゆる事象は記憶を介して繋がり合っている。
このタイトルが暗示しているリアルな答えが興味深くもあり恐くもあり。。

「出会い」と「別れ」な一冊。

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