![]() | ランドマーク 吉田 修一 講談社 2007-07-13 [講談社文庫 よ-33-2] by G-Tools |
広いようで狭いニッポン。一億総兄弟とまでは言わないがどこかで誰かと繋がっている。
人間関係が希薄と言われがちな現代社会でも、「つながり」に関しては案外濃密なのがこの時代。
繁華街へ足を向けると夥しい数の人々が蟻のように蠢き合っている。
その一人一人にそれぞれの人生があり、愛する家族や友人達がいる。
仕事帰りでこれから家路に着く人もいれば、夜通し遊び倒そうと計画している人もいるだろう。
最近身内に不幸があった人もいるかもしれないし、犯罪者が紛れ込んでいてもおかしくはない。
初対面の人でも話を突き詰めていくとお互いニアミスを経験していたのが判明するのはよくある話だ。
ひょっとして今日あなたと同じ電車に乗って隣に座っていた人が、
数年後あなたの前に"知人"として再び姿を現すことだって充分にあり得る。
しかし電車はそんなファンタジーな現実を知らぬまま今日もひたすら線路を走り続けている。
人は目に見えない"何か"によって絶えず動かされる存在だが、
街に建立する物体群はそんな現実を知らずに人を包み込んでいく---
さいたま市の玄関口である大宮駅。ターミナルでの人の流れは昼夜問わず絶えることがない。
その駅前にO-miyaスパイラルというねじれた高層ビルが建設されようとしていた。
この物語はその高層ビル建設に関わる建築士と鉄筋工の日常を交互に描いた不思議な小説だ。
と言ってもこの二人は物語の最初のシーンでニアミスするものの最後まで双方が絡み合うことはない。
仕事場が同じと雖も建築士と鉄筋工の行動範囲や生活体系は全く別物であり、
物語自体もそれぞれが遭遇する出来事を淡々と綴りながらシュールに進行していく。
立場が違う二人なものの空虚な毎日を送っている点においては二人は共通した境遇にある。
不埒な女性関係を築く中でも母性的な平穏を求めている点では一緒であるし、
群衆の中で感じる"孤独"を二人とも常日頃からひしひしと噛み締めており、
現代人のココロの中をホワイトカラーとブルーカラーに対比させて表現している箇所が何とも巧みだ。
表現がやたらと直截的で、そこまで説明しなくてもといった懇切丁寧な叙述も本書を彩る特徴である。
私自身、さいたまの大宮へは一度も足を踏み入れたことがないのだけれども、
そんな私でも頭の中で自然と大宮の情景が広がっていくのは著者の筆力があるからこそ。
鉄筋工:隼人が野獣のような性欲を抑えるために貞操帯を輸入し、
その鍵を建設中のビルに一階ずつ埋めていく行為と
設計士:犬飼の愛人である菜穂子の提案で高級ホテルの一室で4Pを試みるものの、
結局娼婦を抱けずに外へ追い出すように帰していった犬飼の行為。
これらの行為は話の本筋とは関係なく、シナリオ同士の相関性は特に認められないが、
各々のシーン後に挿入される高層ビル建設の進捗状況の存在によって見事に中和されている。
仕事場では平凡を装っていても、一歩裏に出れば何をしているかわからない。それがこの世の中。
だが裏でどんなにやましいことをしていようが一日という時間軸は確実に過ぎていく。
そしてビルという物体は俗世で起きるあらゆる事象とは無関係に上へ上へとそびえ立ってゆく。
この当たり前の事実を改めて証明し直したのがこの作品だと知ったとき、思わず身震いがした。
これこそが万人が求めている純文学の醍醐味ではないだろうか。
シュールなひとときをあなたへ。


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