BOOK REVIEW 144 豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』

ISBN 978-4-00-431081-5集団的自衛権とは何か
豊下 楢彦
岩波書店 2007-07-20
[岩波新書 新赤版1081]

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今や違う意味で自民党をぶっ壊そうとしている安倍首相だが、
参議院選挙の時に幾度となく連呼していたフレーズをみなさんは覚えているだろうか。

そう、『戦後レジームからの脱却』である。

"戦後レジーム"の象徴的存在である日本国憲法や戦後民主主義から脱却して、
集団的自衛権を行使できるようにした上で日本を「美しい国」へ変えていくというのが首相の持論だ。
ではその「集団的自衛権」とは一体何なんだとなってくるとなかなか説明が難しい。
事実、NHKの調査によると半数もの日本人が集団的自衛権の概念を知らない。
(NHK総合『日本の、これから~考えてみませんか?憲法9条』 2007.8.15放送分より)

本書はそんな集団的自衛権についてコンパクトにまとめられた良書で、
論壇を渦巻く扇情的な議論に一石を投ずる学術的見地に立脚した提言は非常に興味深い。

集団的自衛権とは同盟国への攻撃を自国への攻撃と見なして同盟国と共に防衛を行う権利のことで、
日本の場合、憲法九条の下での集団的自衛権は認められていない。

しかし国連憲章51条では「固有の権利としての集団的自衛権」の行使を認めており、
首相はそこに依拠して集団的自衛権を行使できるのは当然でないかと主張している。
が、そもそもこの51条での「固有の権利」とはいわゆる「自然権」ではないのである。
本書は冒頭から国連憲章51条の存在と制定までの歴史的経緯に着目しており、
憲章51条があるから日本も集団的自衛権を持ち得るといった論理が
いかに誤った認識であるかを実証している箇所は実に鋭い。

また首相や改憲派は「米国が日本を守るのに、日本が米国を守ることが出来ないのはおかしい」と断じて、
米国と真に対等なパートナーシップを築くためにも集団的自衛権の行使は必要であると常々主張している。

この論理には実質的に自衛隊が米軍基地を防衛しているという現実が無視されており、
米国の安全に寄与している沖縄の存在が完全に忘れ去られてしまっているのが業腹だが、
冷静に考えてみるとこれも実にCrazyな理論であることを本書は指摘している。

「安倍が憲法改正や集団的自衛権の行使を「対等性」とか「双務性」といったタームで
 位置づけているのに対し、米国は「目上のパートナー」として日本をそのコントロール下におきつつ、
 その「軍事貢献」を最大限に活用しようとしているのである」 (p114)

首相は軍事的に米国と対等になろうと躍起だが、肝心の米国はそんなことは全く思っていない。
むしろ対等になってもらっては困るのであり、完全に空気を読み違えている日本の姿がここにある。
米国にとっての理想の日本像とは忠実な下僕として米国の言いなりに素直に従ってくれる日本なのであり、
つまりNOと言わない日本、ホワイトハウスに盲従してくれる日本こそが一番求められている姿なのだ。

だから米国の政策に決してNOと言わぬかつての小泉政権を米国政府は熱烈に支持し、
米国の軍事増強のために日本へ憲法改正を「押しつけ」て相当なる圧力をかけているのである。
(その「押しつけ」に屈しようとしている改憲派が「自主憲法制定」といっているこの矛盾は何だろう)

さらにわからないのが集団的自衛権に関わるミサイル防衛だ。
ミサイルを撃たれたら大気圏内にてミサイルで撃ち返すという極めて非現実的な防衛策に
年間2190億円(2007年度)もの税金が秘密裏で注ぎ込まれている。

どう考えても米国の軍事産業を潤しているだけとしか思えない。

百歩譲って命中に成功したと仮定しても、核弾頭が拡散して余計に核汚染が拡がるだけで、
そもそもミサイルが抑止力になるのならば核の存在意義なんて全くないではないか。

「「核の傘」を強調すればするほどミサイル防衛の必要性は減じ、
 ミサイル防衛の重要性を強調すればするほど「核の傘」の信頼性は減じていく」 (p125)

他にも本書では集団的自衛権の議論から発展させて、
世界の"脅威"に対処していくにはどうしたら良いかを現実的な側面から政策提言している。
(中でも 『パキスタンという脅威』 (p140-) は必読)

国と国が領土をめぐって交戦するという概念を前提とした安全保障政策はもはや時代遅れであり、
国家の枠組みを超越したテロリズムにいかに対処していくかが21世紀の国家的課題となってくる。

ここで強調しておかなければならないのはテロの火種となっているのが他ならぬ米国自身であり、
米国が変わらなければ際限ないテロリズムの連鎖はいつまでも止むことがないということだ。

今のままで集団的自衛権を行使できるようになれば日本は確実に米国の捨て石となってしまう。
日米安保という"戦後レジーム"を強化して、米国の言いなりになって憲法を捨てても、
待っているのは「いつかまた来た道」であり、未来に恥と禍根を残すことになりかねない。

「日本における核武装論は、北朝鮮や中国との関係においてしか問題を見ていないという、
 致命的な視野の狭隘さによって特徴づけられているのである」 (p207)

米国へ盲従しても、憲法を変えても、核武装しても、根本的な国際問題の解決には何にもならない。
だからこそ憲法九条を生かすのである。非核三原則を生かすのである。
日本独自の立場を生かして予防外交を展開していくことこそが真の国際貢献なのだ。
今の日本にはリアルなパワーポリティクスが決定的に欠けており、その現実が何ともやり切れない。

集団的自衛権の議論に参加する前にベースとして読んでおきたい一冊。

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コメント(2)

foresight1974と申します。
TBありがとうございました。
「日本の、これから」をブログ検索してお邪魔しております。

番組を見ましたが、政府の考える集団的自衛権というのは一見、「義を見てせざるは勇なきなり」というケースばかりなんですよね。
でも、現実のパワーポリティクスを考えると、それがいかに「空理空論」かがわかります。

こうした政府の主張の欺瞞性を解き明かさないと、本物の議論にはならないかと存じます。

foresight1974さん、こちらこそTB&コメントありがとうございました。

まさにおっしゃる通りでリアルなパワーポリティクスを鑑みると、
政府の集団的自衛権に関するスタンスはあまりに空虚です。
欺瞞性を解き明かさなければならない立場のジャーナリストたちが
提灯を担いで威勢の良い掛け声だけを論壇に撒き散らしている姿は見ていて耐えられません。

本ブログがその「本物の議論」の一助になるよう頑張って書いていきたいです。
これからもよろしくお願いいたします。

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