![]() | 講義 現代日本の行政 新藤 宗幸 東京大学出版会 2001-03-19 by G-Tools |
年金の未払い問題が参議院選挙を直撃している。
国民年金は今や政府公認のマルチ商法と言っても良いくらいその信頼は大いに失墜した。
こういった問題が出てくるとすぐにマスコミは「官僚はけしからん」「役人はダメだ」とバッシングを始め、
"悪の枢軸=霞ヶ関にいる官僚たち"というステレオタイプが瞬く間に世間に醸成される。
特に最近は社会保険庁や天下りの問題なども相まって官僚の評判がすこぶる悪い。
が、一昔前までは官僚に対しての国民のネガティブイメージはほとんどなかった。
政治家は今も昔も国民の信任を全く得ていないが、官僚が優秀なのがせめてもの救いだという声が大勢を占めていたのだ。
確かに官僚は優秀である。難関の公務員試験をクリアしてきたのだから能力面では折り紙付きだ。
日々の実務では国家の政策を実質的に掌握しているのだから生半可な能力では太刀打ちできない。
さらに言えばとにかくよく働く。薄給ながらもフリーター以上に毎日遅くまで働いている。
残業が終わるのは次の日の朝だということも珍しくはないくらいなのだ。
このように書けば国家公務員が聖職のようにも思えてくるのだが、
そんなに飛び抜けて優秀な彼らがどうして良からぬ方向へと足を踏み外してしまうのだろう。
そこには日本の官僚制が有する特異な構造的問題があった。
本書は日本の行政システムの仕組みを様々な側面から照らし出し、
現行の制度が持つ問題点を考察して改革の方向性を示した気鋭の学術書だ。
ちょうど省庁再編の時期に執筆されたものなので新制度に対する期待と展望が記されていて、
逆説的に見れば小泉前首相がいかに官僚と政治の距離を変容させたかがわかり、今読むととてもおもしろい。
序章を経てまず第1章では官僚独特の制度・組織・人事についての解説が成されている。
よく知られているように日本の官僚制には厳格なヒエラルキーが支柱にあり、
基本的に官僚は国民の利益よりもいかに職階を登り詰めていくかに腐心する傾向を有している。
官僚にとって役職は何よりも絶対的な存在で、そのことが行政にしばしば弊害をきたしている事実は見逃せない。
例えばヒエラルキーの頂点に位置するのが事務次官であるわけだが、
同期の誰かが事務次官ポストを握ると他の官僚は自動的に退官せねばならない慣習が霞ヶ関にはある。
では退官したら無職になるのかと言われればもちろんそうではなく、
公益法人という名の集金組織を拵えてそこへ大量に"天下り"しているのだ。
しかもその公益法人が退官する官僚に合わせて毎年増加していて、国の財政を逼迫している。
民間企業とは違って外部からの風が全くといっていいほど入らないせいか、
官僚は非常に閉鎖的な組織に没してしまっていて、政府にとって最大の抵抗勢力は今や官僚となった。
安倍政権の下で公務員制度改革が密かに進められているけれども、
この法案は自民党お家芸のザル法であり、この程度での改革では官僚の姿は決して変わらない。
官僚制の膿を出し切ることが事実上誰にもできないのが事態の深刻さを物語っている。
続く第2章では権限・権力・行動について述べられている。
中でも力を入れて解説されているのは「行政指導」を中心とした日本の「許認可行政」の在り方だ。
行政指導は日本独特の行政手法で、このやり方があったからこそ日本は奇跡的な経済成長を可能とした。
何らかの法令違反を会社が犯して、法に基づいて即刻制裁されることは実は稀で、
たいていは「今回は甘く見るけど、次やったら承知しないぞ」といった類の文書を会社に通達して"指導"する。
つまり 「法的な強制力をともなわない「お願い」の体制」 (p89) をとっているわけであり、
こういった持ちつ持たれつの信頼関係で日本の行政は事前規制型の典型として発展してきた。
しかしこのやり方では自由な経済活動というのが保証されずどうしても企業活動が萎縮してしまう。
そこで昨今では事後チェック型へと改革が進められ、日本の行政にも随分と風が靡くようになってきた。
この詳細は第5章の《改革と体制》で詳しく述べられているので行政の"今"を理解するためにもぜひチェックしておきたい。
教養書ではなく学術書なので内容は大変高度だけれども、
行政に少しでも興味があるならば最後まで知的に楽しく読み通すことができるはずだ。
また内容の一つ一つが非常に濃く、"なんとなく"わかったつもりになっていた行政機構の複雑な仕組みが
一気にチャンキング化されて氷解していくのは痛快ですらもある。
行政の未来を真剣に考えたいあなたへ贈る一冊。


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