BOOK REVIEW 135 読売新聞社会部『ドキュメント 検察官』

ISBN 978-4-12-101865-6ドキュメント 検察官 揺れ動く「正義」
読売新聞社会部
中央公論新社 2006-09-25
[中公新書 1865]

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物好きな私は友人と共に何回か裁判所を訪れたことがある。
別に被告人になったわけでも証人として呼ばれたわけでもない。
"社会見学"の一環として裁判を傍聴したいと思ったからだ。

憲法82条第1項に「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」とあるように
裁判は特別な手続きなしにいつでも誰でも自由に見ることが出来る。
裁判所の受付にあるファイルにはどの被告人がどのような罪で何号法廷にて裁かれるのかが記載されていて、
公判が開かれている法廷のドアを開けるだけですぐに傍聴することが可能なのだ。
つまらない映画を見るくらいならば裁判所へ行って公判を傍聴した方がいろんな意味で勉強になり、
これだけのリアルな人間ドラマを"無料"で見ることが出来るのだから利用しない手はない。

さて私が裁判所(大阪地裁)へ行ったときは、比較的軽微な犯罪の公判を傍聴した。
そこでものすごく印象に残ったのは検察官による完璧なまでの犯罪の立証である。
『秋霜烈日』という言葉の通り、反論の余地がないくらいに被告人を厳しく追い詰め、
否認し続ける被告人に対して「本当はやってるんでしょ?」と余裕のブローを放つ検査官がやけにかっこよく見えたものだ。

検察官は国家公務員の中でも非常に強大な権力を握っていて、その気になれば総理大臣をも起訴できる。
が、そもそも検察官とは一体何をやっている人たちなのかが一般人にはあまり見えてこない。
本書はそんな検察官にスポットを当てて彼らの真の姿を映し出した力作で、
読売新聞社会部による法曹三部作@中公新書の完結編だ(読売新聞の連載をまとめたもの)。

まず最初の《被害者を前に》と題された章では冷徹なイメージが先行しがちな検察官の人間的な一面が紹介されている。
現行の裁判では一人を殺しても余程残忍な手口でない限りは"慣例"として死刑になることがない。
しかし被害者家族にとって到底納得のいける判決でないことは容易に想像できる。
大切な人の命を奪っておきながら死刑でないとは何事だ。検察官だって家族が殺されたらきっと同じ心情を抱くに違いない。

しかし量刑が感情に踊らされてはならない。法律の理論を精緻に組み立てて求刑を行うのが検察官の仕事だからだ。
「情状」と「法律」に揺れるジレンマに悩まされる検察官の姿がこの第一章では鮮烈に描かれている。

第三章の《特捜の光と影》で描かれているのは検察官なら誰しもが憧れる特捜部だ。
大物政治家の闇に迫り、巨額のカネを正義の名の下に洗い出す特捜部の検事たちは
他の誰よりも高潔なモラルを求められ、最前線の現場は一瞬の弛緩たりとも許されない緊張の連続を強いられる。

この"政治と検察"の関係は政治学的には非常におもしろい考察対象となりうるのだけども、
新聞記者が著した本書では飽くまでもジャーナリスティックに政治と検察を交叉させていて、
東京佐川急便事件や日歯連の迂回献金事件などを例にとりながら検察の功罪について鋭く追及している。

さらに最後の第五章では《あすへの模索》と題して検察官の在るべき未来像についての模索が試みられている。
2009年に裁判員制度が導入されると司法が市民にとって今よりももっともっと身近なものへと変貌していく。
難解な法律用語を魔法のように振り回し、どんな微細な証拠でも徹頭徹尾調べ上げていた検察官は
この制度の導入によって公判時間短縮やわかりやすい調書作成を迫られてくるだろう。

今までは法曹関係者さえ納得していればそれで良かった。だがこれからの時代はそうとはいかない。
市民の眼が入り込むことによって赤レンガの常識が衆目に晒され、世間の常識という科戸の風が検察に靡いてくる。
それが良い方向へ進むとは必ずしも限らない。隙を突いて悪が暗躍していくかもしれない。
かといって市民の眼が入り込まなければ検察はいつまで経っても世間と隔絶された裸の王様だ。

まさに今検察は正念場を迎えようとしていて、そんな検察の現在進行形がこの本には遍く収められている。
そして読んだ後には裁判所へ足を運んでぜひ公判の傍聴をしてほしい。
なぜならば私たちに課された国からの宿題はありのままの司法を理解することなのだから。

裁判員制度が始まる前に読んでおきたい一冊。

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