BOOK REVIEW 133 関口尚『プリズムの夏』

ISBN 978-4-08-747839-6プリズムの夏
関口 尚
集英社 2005-07-25
[集英社文庫 せ-4-1]

by G-Tools


数年前、クラスメイトが秘密裏で書いていたブログを偶然にも発見したことがある。
たまたま検索に引っ掛かった記事を読んでいるうちに「あの子だ!」と直感でわかってしまったのだ。

これは本人に直接知らせてあげようかとも一瞬考えてみたのだが、
人間関係の生々しい揺れや外見からは想像できないほどの鬱屈した愚痴が書かれていたので
私自身も読んでいて微妙な空気に苛まれてしまい、以後も罪悪感を感じながら隠れて読んでいた記憶がある。

今回ご紹介する本書でもたまたま見つけたWeb上の日記が知人と直線で繋がってしまう。
しかもその知人は主人公たちのあこがれの人であり、日記にはうつ病を思わせる記述があった...

主人公の「ぼく」と親友の今井は高校最後の夏を過ごしていた。
特に志望校も決まっていない二人は学費を稼ぐためにひたすらアルバイトに没頭していたのだが、
彼らには気になって仕方がない共通の話題が一つだけあった。

二人が同時に恋心を抱いた松下さんという年上女性の存在だ。

春に映画館へ行ったとき、受付をしている一人の美しい女性に出会った。
その透明感溢れる美貌に一目惚れをした二人は彼女を一目見たいが故に何度も映画館へと足を運ぶ。
しかし松下さんは一向に心を開かない。おまけに彼氏がいたことも発覚して二人は半ば諦めモードに陥っていた。

季節は夏に変わり、二人はインターネットである日記を見つけることになる。
『やめていく日記』と題されたその日記には生きていることが嫌になり
現実のことを一つ一つやめていって死へと向かっていくうつ病を患った女性の日常が綴られていた。

最初は全く知らない人の日記として他人事のように読んでいたものの、
だんだん松下さんではないかという疑問が浮かんできて、状況証拠が一つずつ積み重なっていく。
そして『やめていく日記』に死を暗示させる内容が更新されていた----

年上の女性といっても松下さんは大学院を辞めたばかりの22歳であり、
主人公の男の子たちと年齢がそれほど離れているわけではない。
しかし彼らの年代にとっての22歳の女性は"未知の世界"そのものであり、
オトナへの憧れや10代特有の青さなどが相まって彼女を実物以上に理想化させてしまう。

故に彼女が精神的に病んでいることを彼らは最初受け入れることが出来なかった。
ただ人目を惹きつけたくて虚言を吐いているだけではないか...頑なにそう信じたこともあった。
自傷行為に及んだことや寂しくなって身も知らぬ男に抱かれたなどといった告白が日記に綴られていると、
この世の希望がすべて雲散霧消してしまったかのような深い喪失感に彼らは苛まれてしまった。

が、彼らは彼女を見捨てなかった。失敗しても良いからあらゆる手段を尽くして何とか彼女を助け出そうとしたのだ。
「立ち直って欲しい」「病気が良くなって欲しい」という純粋な想いが心を動かし、恋心が行動を加速させていく。

大人になるにつれて人間は打算的になるものだ。恋愛一つとっても愛情のポートフォリオが行為を規定してしまう。
仮に主人公がサラリーマン二人ならば、下手に関わって事件に巻き込まれたら厄介だという"大人の事情"が脳内を支配して
絡んだ証拠を残さぬようにこの汚れた女から静かにカミングアウトしていくだろう。

でも主人公の「ぼく」と今井にはそんな邪険に浸食された心は持ち合わせていない。
彼らの中にあるのは目の前にある困難に向かってストレートに飛び込んでゆく計算なき果敢さだけだ。
そんな純粋さが"夏"という季節にジャストフィットしていて、読んでいて実に爽やかな気持ちになった。

---僕らの夏が今年もやってくる---

クーラーの効いた部屋で読んでみたい一冊。

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