BOOK REVIEW 129 木原弘二『痛風』

ISBN 978-4-12-100984-5痛風 ヒポクラテスの時代から現代まで
木原 弘二
中央公論社 1990-08-25
[中公新書 984]

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先日、大学で後輩に声を掛ける(「最近どう?」から始めるのは私の定番スタイル)と
彼は浮かない表情と共にこんな言葉を私に返してきた。

「Keiさん、オレ痛風の発作で病院行っちゃいましたよ~」

痛風と言えば中高年が罹る病気の代名詞ともいって良いくらいのイメージがあったのだが、
どうやら最近は糖尿病と同じく低年齢化が進行しているようである。
若年患者が周囲にいることがわかり、決して人ごとではないと身を引き締めた自分がいた。

さて痛風とは尿に排泄できなかった尿酸が関節へ沈着して炎症を起こす病気で、
何らかの原因で血液中に尿酸が増えすぎたことが主因とされている。
最近では痛風が原因で重篤な症状へと陥ることは少なくなってきているものの、
それでも放置しておくと腎不全や脳卒中を起こす危険性が高まるので楽観することは決してできない。

痛風は古代から何かと注目されてきた病気で、歴史上の偉人にも痛風に苦しんだ者は数多い。
(それ故にかつては「帝王病」という異名をとっていた)
また化学的にみても尿酸というのは実におもしろい物質で、
尿酸が発見される以前もヒポクラテスの時代から痛風の原因が探られてきた。

本書はタイトルからしてもわかるように「痛風」という病気にスポットを当てた本なのだが、
痛風の治療法や予防法などをテーマとして扱った医学書ではない。
いわゆる"How to 痛風"が記述されているのは第一章の数十ページのみで、
その他は科学史や尿酸の化学的構造、人体の代謝の仕組み等にページが割かれている。
"話の媒介に痛風をもってきた生物学の書"と解したほうがすっきりくるだろう。

尿酸の化学的記述に関しては大変専門的に書かれているので、
予備知識がないと一体何が書かれているのかがさっぱりわからなくなってしまう。
(特に著者の専門である細胞生理学の箇所は若干飛ばしすぎな感があり)
逆に言えば新書サイズながらも内容がかなり本格的なだけに
本とじっくりと格闘すればかなりの知識が得られるに違いない。

最終章では《病気の要因》とは何かについての根源的考察を行っており、
痛風とは直接関係ないテーマであるものの、この章にて著者は未来の生物学に警鐘を鳴らしている。

痛風の臨床経過で厄介なのは"尿酸値が高い=痛風を起こす"というわけではないことだ。
痛風を起こす患者が必ずしも尿酸値が高いとは言えないのだが、
尿酸値が高いという事実は痛風にとって大きなリスクファクターとなる。
また尿酸値を下げればそれですべてが解決するわけではなく、
複合的な要因から病気の真の原因を探っていかなければならない。

が、これが案外難しい。
人間の体は試験管の論理では理解不能なほどかなり複雑に組成されており、
科学的な手法を厳密に用いても生体の反応を明晰に説明することは困難を伴う。
痛風の場合にどうして人によって発作の時期や臨床データがこれほど違うのかといった理論的な説明は
遺伝子工学が劇的に進歩した現代でも未だに出来ないのが実状なのだ。

それを学者たちは「体質の違いのせいだ」と口裏を合わせたかのように一蹴する。
では体質とは具体的に何を指しているのか。そもそも体質とは何だ。
体質に問題の核を丸投げすることは生物学の進歩から単に逃避しているだけではないのか。
...学界に対する苛立ちが代弁されたかのような著者の文体がやけに印象に残っている。

読み終える頃には痛風のことなどすっかり忘れてしまい、
生物学が放つミクロな魅力やこの学問全体が抱える問題に脳内回路が奪われてしまった。

タイトルと内容が少々乖離気味なブラボーな一冊。

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