BOOK REVIEW 128 カミュ『異邦人』

ISBN 978-4-10-211401-8異邦人
カミュ/著  窪田 啓作/訳
新潮社 1954-09-30(改:1995-06-15)
[新潮文庫 カ-2-1]

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何が「善」なのか。何が「悪」なのか。何が「正義」なのか。
社会の多数派が絶対不可侵な常識を形成しているこの俗世においては
価値基準なんて所詮空気に立脚した酸化物にしか過ぎない。

何か大きな事件が起こると、マスコミや社会は絶対善の如く正道のシュプレヒコールを叫び続ける。
そして犯人の非人間性をドラスティックに糾弾し、誇張された人間像がセンセーショナルに人々の心へ降り注いでいく。
極端に不可解な行動を起こす輩は人間社会から早急に抹殺すべき対象であり、
異物排除の課程においてはいかなる非人道的(と社会様が認定した)行為を行使しようとも基本的には免罪なのだ。

このような秩序と規則で雁字搦めにされた世の中は民衆が権力者となった全体主義国家とも喩えることができる。
心にも思ってない中元や歳暮を毎年やり取りし、自分と考えが違っていても常に空気を読むことを要求され、
しきたりという名の文化去勢が日常的に行われる...実に馬鹿らしくて不条理なことではあるのだが、
ここで自我を主張することは人間社会においては許されない。もし周囲から逸脱しようものなら陰湿な制裁が待ち構えている。

今回ご紹介する本書はそんな世間の眼に抗しながら自らの不条理なまでの論理を極限にまで追求した名作で、
カミュが遺したフランス文学の金字塔である(蛇足ながら訳が少々読みにくい)。

物語は主人公:ムルソーの母であるママンが養老院で死を遂げたことを知るシーンから始まる。
母の死に涙一つも流さず無関心を貫くムルソーは次の日にはもうバカンス気分で享楽的に女と交わっていた。
そしてアラビア人を殺害する。別に殺さねばならぬ理由なんてない。ただタイミングが合ったから殺しただけだ。

やがてムルソーは裁判に掛けられ、法廷にてこれでもかと人格を吊し上げられる。
こいつは自分の母の死ですら一滴の涙も流さない極悪非道な男であり、
おまけに殺した理由は「太陽のせい」とわけのわからないことをほざいている。
こんな奴は死刑だ。弁護士がどう情状酌量の余地を狙おうが死刑以外に選択肢はない。

端から見ればこのような社会の眼は一見正しいかのようにも思われる。しかしそうだろうか。
涙が出てこないものはしょうがないし、出てこないからといって非人間性を証明する足掛かりになんてならないはずだ。
じゃあ逆に涙をボロボロに流してさえいればそれで良いのか。
心思と行為が隔絶した状態でも人道的状態を維持すれば丸印の体裁がつくのか。

殺人だってそうだ。社会は何かと行動に意味を持たせたがるが、この場合は動機なんてないのだ。
ないことをないといって何がおかしい。ないことをあるように言うほうが遥かにおかしいではないか。
自分は太陽が見えたから殺した。事実はそれ以上でもそれ以下でもない。それがただすべて。

結局ムルソーは死刑判決を受けてしまう。そして死刑囚として独房で独り思索に耽ることになる。
そこで彼は司祭の訪問を拒絶する。が、それでもやってきた司祭は彼にいろいろと質問をした。
神を信じているか?希望はあるか?良い生活を望んでいるか?
答えは全部NOだ。すると司祭はそれにも関わらず「あなたのために祈る」と言っている。

もう我慢できない。

「私の内部で何かが裂けた。私は大口あけてどなり出し、彼をののしり、
 祈りなどするなといい、消えてなくならなければ焼き殺すぞ、といった」 (p128)

俺はそうだと思うからそう思う。正しいと思うからこそ志を貫徹する。それの何が問題なのだ。
むしろ軋みを助長させるおまえたちのほうがおかしい。祈っていればそれですべてが万事なのか。
そんな社会なら自分を笑え。憎悪の視線をもっと浴びせて好きなだけ石でも投げやがれ。
喜んで的になってやろうではないか。無を帯びた人間は無を貫くからこそ価値がある。

「私がより孤独でないことを感じるために、この私に残された望みといっては、
 私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけだった」 (p131)

不条理が不条理を超越する瞬間をあなたはこの一冊にて見るはず。

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