![]() | 友情 武者小路 実篤 岩波書店 1932-07-05(改:2003-03-14) [岩波文庫 緑50-4] by G-Tools |
恋に夢中になると人間はとかく自己中心的に物事を判断しがちになる。
片思いの相手がふいに自分に魅せた笑顔を拡大解釈して
根拠もなく「俺のことを好きに違いない」と思い込むのは朝飯前で、
放っておくと都合の良いように歪められた妄想だけがどんどん一人歩きしてしまう。
「ねーねー、ここの答えを教えてくれない?」
実際は物理的事情(席が近い)と生理的事情(無難な相手)から話し掛けられているに過ぎないのに、
"自分に好意があるからこそわざわざ聞いてくれているんだろう。
あの屈託のない笑顔、照れとも言えるハニカミ。恋心がなければそんな表情なんて出来ない。
好きなら好きって素直に言えばいいのに、これだから女は..."
などと頭の中で勝手に想像を巡らせて、来るべき初デートの日をシミュレーションしている恋に落ちた男...
端から見ると馬鹿じゃないかと思うくらい理性が感情に白旗を揚げている、それが恋愛というもの。
そうなのだ、使い古された言葉で表現するならば"恋は盲目(love is blind)"なのだ。
それ故にいざ真実を知ってしまったときのショックというのは計り知れない。
本作は恋愛に未熟な男が片思いの女に思いを寄せて見事に玉砕するまでの一部始終を描いた物語だ。
稀に見るほど直球勝負な恋愛小説で、ストーリーがものすごくシンプルであることも特徴的な作品であると言えよう。
主人公の野島は友人の妹である杉子に恋をする。杉子は本文の記述から今風に解釈すれば長澤まさみ似だろうか。
杉子のちょっとした仕草で有頂天になったり、友人に杉子の好きな男についてしつこく探りを入れたり、
親友の大宮にのろけ話を延々と続けたり、挙げ句の果てには杉子を見るために外で待ち伏せしたり...
そんなに好きなら早く告白すればいいじゃないかと思うのだが、確信の持てない野島はとにかく慎重にコマを進める。
それ故にあれこれと詮索しすぎて、どんどん現実と乖離した恋物語が頭の中に形成されていく。
杉子を交えて友人たちとピンポンをした次の日の朝、海岸で野島はこう夢想していた。
「幸福は彼の心を満していた。希望は輝いていた。彼は何かに感謝したい気がした。
それと同時に、何かに未来の幸福のために祈りたかった。
彼は杉子と一軒家をもつことを考えた」 (p88)
たかだか仲良く一戦を交えたくらいで、"結婚すべき相手"と勝手に想いを膨らませているのである。
しかし彼は"恋は盲目"が故に重大なミステイクを犯してしまう。
全くノーマークだった親友の大宮に杉子は密かに想いを抱いていたのだ。
大宮はいつも野島の味方だった。野島のことを誰よりも評価し、友人として尊敬し、
野島の恋も出来るならば成就してほしいと誰よりも一番願っていた。
それは野島と大宮の間には確固たる『友情』が育まれているからであり、
その『友情』は二人の恋愛においても相乗効果をもたらす...そう疑わなかった。
が、野島が恋した杉子は大宮に恋をした。もっといえば野島とは生理的に恋はできないとも断言をした。
この詳しい事情は下篇で描かれている大宮と杉子の往復書簡に語られているのでぜひ読んでいただきたい。
恋する者が陥りやすいワナや恋愛の無常さというものが見事なほど痛切に表現されている。
友情と恋愛に揺れた大宮が下した決断とは。そして友情と恋愛の狭間にあるものとは。
片思い中の数百万人の日本人に捧げる名作。win-winな美しいラストシーンは必読だ。


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