BOOK REVIEW 109 上田賢一『コテコテ論序説』

ISBN 978-4-10-610216-5コテコテ論序説 「なんば」はニッポンの右脳である
上田 賢一
新潮社 2007-05-20
[新潮新書 216]

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生粋の大阪人である私は大阪という街を非常に愛している。
京都に移り住んで3年になるが、飲み会や遊びは出来るだけ大阪でやっているし、
阪急電車で淀川を渡って梅田へ行くときのあの高揚感は何度経験してもドキドキものだ。

さて大阪といっても梅田界隈の「キタ」となんば界隈の「ミナミ」とでは街を包むカラーが全く違う。
「キタ」は洗練されたオシャレな街でどちらかと言えば大阪よりも東京チックな雰囲気なのだが、
「ミナミ」は全く逆でコテコテな大阪ワールドが街全体を覆い尽くしている。
他の地域の方々が大阪と聞いて連想するイメージのほとんどがこの街に集約されているのだ。

たこ焼き屋がたくさんあって、吉本の劇場にお笑い芸人がいて、奇抜で派手な看板がいっぱいあって、
夜になれば串カツ屋から阪神戦のラジオ中継が流れてきて、おもろいおっさんがいっぱいおる...
多国籍的に雑多な感じが街の空気を支配し、行き交う人々のテンションもやたらに高い。
その一方で御堂筋にはブランドショップが建ち並び、高級志向なお店も続々と進出していて、
子どもからお年寄り、貧乏人から金持ちまでありとあらゆる人々が街の魅力に酔いしれる大阪ミナミ。

そんなミナミの魅力を過去から遡って徹底的に解剖したのが本書である。
なにせサブタイトルに「「なんば」はニッポンの右脳である」と言い切っちゃっているところがすごい。
それはちょっと言い過ぎちゃいまっか、と著者へハリセンでツッコミを入れたくもなるが、
読んでいくとあながち嘘ではないということにも気付いてきて、
最後まで読めばミナミの街の魅力に取り憑かれるのは必至だ。

今でこそ西日本最大の繁華街として君臨するミナミも明治初期は一面ねぎ畑だった。千日前に至っては墓地である。
そこから次第に演劇や鉄道や百貨店が出来てきて、ミナミは今のような活気溢れる街へと成長していった。
本書では明治時代から大正、戦争を経て現代に至るまでのミナミの歴史が凝縮されている。
戎橋筋や南海通を歩くと今でも当時から営業している店が伝統と風格を醸し出しているのもミナミの魅力の一つだ。

そして今、ミナミは大きく変わろうとしている。
大阪球場跡地になんばパークスが造成され、マルイと巨大シネコンが高島屋前に合体して現れた。
阪神ファンがダイブした戎橋も近くに観覧車が出来て、道頓堀は今やワールドワイドな観光地である。

そんなミナミの街を発展させていくにはどうしたら良いか---
本書の最後でミナミを代表する企業である吉本興業と南海電鉄の社長が対談しているのだが、
そこで南海電鉄の山中諄社長が口に出した一言がとても印象に残った。

「最近は大阪でも東京ナイズされたおしゃれな街が多くなりましたが、
 ミナミは大阪らしさが今なお生き続けている、なにわ文化が生き続けている街ですよ」 (p172)

だからこそもっとこの文化を守って次世代へ伝えていかなければならない。
最近は東京資本や外資が大阪へ入ってきて、街並みがだんだんと他の繁華街と変わらなくなってきている。
それが悪いとまでは一概に言えないが、大阪には大阪特有の魅力があるわけであり、
それを「まちづくり」に生かしていくことは地域活性化にも繋がっていってサステイナブルな風土を形成していく。

大阪ミナミの未来は如何に。さあ、この本を持ってミナミの街へ繰り出してみよう。

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