BOOK REVIEW 106 島本理生『生まれる森』

ISBN 978-4-06-275627-3生まれる森
島本 理生
講談社 2007-05-15
[講談社文庫 し-75-3]

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「生まれて初めて泣くことはなんの役にも立たないと心の底から感じた」 (p159)

他の人から受けるどんな醜い仕打ちよりも失恋というのは辛く苦しいものだ。
今まで時間や感情をずっと共有してきた人が突然そばからいなくなる...
たとえそれが喧嘩による別れであっても、喪失感が及ぼす傷は限りなく深く心に刻まれる。

そして脳を司る数百億の脳細胞が総動員され、終わった恋が水晶体を通してプレイバックされてゆく。
この恋は二人にとってどんな意味があったのだろうか。いや、そもそもこれは恋だったのだろうか。
相手のことを大切に思うがあまりに「愛」の遺伝子が突然変異的に欠損してしまい、
「愛」があらぬ方向へと迷走してしまったならば運命の化身はなんて無情な悪戯を仕掛けるのだろう。

今はもう存在そのものの重力を感じるだけで匂いまで伝ってきそうで息苦しくなってしまう。
無力な自分をさらに無力な自分が覆い被さり、どうしようもない悲壮感に包まれる。
今回ご紹介する物語の主人公も、失恋をずっと引きずり続けて魂が抜けてしまった一人だ。

ある夏休み、大学生である主人公の「わたし」は友人の下宿部屋を借りて一人暮らしを始めた。
過去に堕胎経験を持つ「わたし」は少し年の離れたサイトウさんと密会的な付き合いを始めるが、
サイトウさんは自分のことを恋愛対象と見ているのかどうか今ひとつしっくりとこない。
「わたし」の胸の鼓動は正直に反応するのに、サイトウさんに愛を上手く伝えられない自分がもどかしくて仕方ない。

それは「わたし」が無力だからなのかもしれない。このままでは底のない暗闇に落ちちゃいそうで怖い。
サイトウさんはそんな二人の関係を見計らって、とうとう別れの決断をした。
だけど「わたし」はなかなかサイトウさんを忘れることが出来ない。
第三者的な立場からして見れば「そんなはっきりしないオトコとなんて早く別れちゃいなよ」なんて物申したくもなるが、
恋っていうのはそんな単純なものではないし、そうじゃないからこそ人は恋の魔法に惹きつけられる。

そこで高校時代の友達であるキクちゃんと愉快な家族に出会う。
キクちゃん達は「わたし」を直接励ましているわけではないのだけれども、
キャンプに一緒に行ったり、高熱が出たときに「わたし」を看病したりなど
日常的な行動を通して親交を深めてゆく。何気ない日常の幸福がこういったときは何よりの支えになるものだ。
そして自然体のキクちゃん家族の姿に次第に「わたし」の心も癒されてきて...

失恋という大きな悲しみを乗り越えて、大人になろうとする「再生」の物語で、
物語全体を通して「わたし」は少女から成熟した女性へと成長していく。
一見か弱そうな「わたし」が秘めている"力強さ"が著者の繊細な感性と共に読者の心を熱くさせる良書だ。

失恋から癒されたいあなたへ贈る一冊。

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