![]() | 学力があぶない 大野 晋 上野 健爾 岩波書店 2001-01-19 [岩波新書 新赤版712] by G-Tools |
2007年4月、文部科学省が43年振りに全国学力テストを実施して話題となった。
近頃「学力低下」問題が各方面で囁かれているが、
その実態を国レベルで一度きちんと調査してみようじゃないか、
というのが今回の全国学力テスト復活の主たる意義だそうである。
学力低下は何もここ数年で急速に教育界を浸食してきた現象というわけではない。
実は学力低下がこれだけ世間を騒がすようになってからはすでに随分と時間が経過しており、
これは「聞蔵」などの新聞記事データベースで調べてみるとより明確だ。
(「学力低下」のワードを含んだ記事は1999年頃より著明に増えている)
しかし学力低下の真の原因は、と問われるとなかなか答えが出てこないのが実情である。
一般に"ゆとり教育"が諸悪の根源としてやり玉に挙がることが多いが、
フィンランドでは日本以上のゆとり教育を実施して学力は今や世界ナンバーワンとなっている。
が、米国では"ゆとり教育"で学力や治安が著しく悪化し、国家が破綻寸前にまで追い込まれた。
このように学力低下問題には数々のファクターや利害が複雑に絡み合っており、
一つ一つ精緻に論旨を展開していかないと結果として感情論に惑わされるのがオチである。
そう惑わされないためにも様々な角度から論じた本を読んでいく必要があるだろう。
本書は2001年に"緊急出版"された教育書で、学力低下問題が様々な観点から論じられている。
時期的にはちょうど新学習指導要領(現在のカリキュラム)の全容が明らかになった頃で、
「円周率は3」「土曜日は毎週休み」「総合的な学習の時間の増加」などの"ゆとり教育"が
将来にいかに禍根を残すかという事実を対談や豊富な資料から導き出した提言書だ。
この本を貫く全体的トーンとしては"ゆとり教育"に極めて懐疑的であり、
今すぐにでも前のカリキュラムに戻せと言わんばかりの論調が大勢を占めている。
しかし考えがいささか短絡的すぎるような気もしないでもない。
教える量を増やせば済むのであればとっくに問題は解決しているはずなのだ。
むしろ問題の本質は"内容"のゆとり云々ではなくて"ハードル"のゆとり云々にあるのではないだろうか。
小学校の算数のテストを例にとって少し考えてみよう。
仮にテスト問題は一桁の足し算しか出題されないとする。これは難しい問題を出さないという意味で"ゆとり教育"だ。
しかし問題数が100で制限時間は2分だとか、その成績がそのまま将来の進学に1点単位で直結するだとか、
コンマ一秒でも早く問題を解いて、コンピュータのような正確さを要求されるとなるともはや"ゆとり教育"ではない。
そういうやたらと制限があって理不尽な競争をさせるのが今の教育の一番の問題点なのではないか。
なので内容を易化させても難化させても構造が変わらない限り抜本的な解決には至らない。
さらに生活様式もここ数十年で確実に変化しており、昭和のやり方を現在に導入しても意味があるとはあまり思えない。
本書の指摘ももちろん一理あるのだが、個人的にもう少し深い考察も交えて欲しかった。
学力低下問題を語る上でまずチェックしておきたい一冊。


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