![]() | 視聴率の正しい使い方 藤平 芳紀 朝日新聞社 2007-04-30 [朝日新書 42] by G-Tools |
「視聴率」という言葉を知らぬ人はおそらくいないだろう。
社会調査にまつわる数ある数字のうちの一つに過ぎないはずなのだが、
業界関係者でなくともどういう意味なのかが認識されているほど非常に知名度が高く、
日常会話でも「視聴率」という言葉がごくごく普通に飛び出してくるほどだ。
では「視聴率」とは一体どのように測定され、どのような意味を持つのだろうか。
実はこの視聴率には数々の誤解や知られざる秘密というのが隠されているのだけれども、
これが意外と日々視聴率と接している業界関係者にも深くは知られていない。
本書はそんな視聴率の謎を専門的な見地からアプローチを試みた意欲作だ。
視聴率は大きく分けて世帯視聴率と個人視聴率に大別される。
普段テレビや新聞で「視聴率」として発表されるのは世帯視聴率のことで、
関東地方の場合は600のサンプル世帯から毎日算出されている。
しかし視聴率が高いからといって必ずしもその番組の人気が高いというわけではない。
極端な話、誰一人として見ていなくてもテレビさえ付いていれば「見た」ということになるのであり、
このことを論拠として何十年にもわたって「視聴質」論争が繰り広げられてきた。
が、そもそも社会調査には限界というものがある。
いくらなんでも意識までをも数値化させることは困難だ。
テレビ番組の「質」というのを測定するのは現代の科学では限りなく不可能に近く、
そんなことをテレビマンが日夜議論したって事態が改善するはずがないではないか。
ここにメディアによる視聴率批判の一つのウソが内在しているわけだ。
「「視聴率」依存体質から脱却して、「視聴質」を重視しようという考えは、
"言うは易し"だが、"行うは難し"であり、
"「率」がダメなら「質」で"、というような短絡的思考で、
事が解決できるものでは断じてない」 (p149)
また本書ではビデオ・リサーチ独占体制による弊害も次々と指摘している。
21世紀に入ってテレビがアナログからデジタルへと劇的に進化を遂げ、
インターネット・ワンセグ・パブリックビューイングなど視聴形態は多種多様なものへと変化していった。
しかし視聴率は未だに"お茶の間にて家族で視聴したアナログ放送"のみをターゲットとしていて、
王・長嶋が活躍した時代と測定方法が現在もほぼ一緒というのはいかがなものだろうか。
10年前から日本では個人視聴率(ピープル・メーター)調査が鳴り物入りで導入されたものの、
参考程度の数字しか生み出すことができず、広告会社も商材としては取り扱っていない。
(この個人視聴率の測定方法も極めてアナログなやり方で、
こんな大雑把なやり方がまかり通っているのかと思うと私はある種のショックを受けた)
海外ではPPM(ポータブル・ピープルメーター)を腕時計のように携行しているだけで、
街のテレビやワンセグで番組を見ても視聴率としてカウントされるシステムが実用化されようとしている。
日本だって持ち前のハイテクを駆使すれば技術的には決して不可能というわけではないはずなのに、
どうして日本は視聴率後進国に成り下がって視聴率があらぬ方向へと弄ばれてしまったのだろう。
ここには放送業界、いや放送文化に根ざした構造的な深い病根がある。あるある。あるある。
「業界が一致して調査会社に対して調査精度の向上を求めることは、
ユーザーとしての当然の権利であり、こうした要請に対応する努力があってこそ、
調査会社にも正当な評価が下されるのである」 (p189)
デジタル時代を見据えた視聴率のあるべき姿とは。本書を読みながらじっくり考えていきたい。


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