![]() | かもめのジョナサン リチャード・バック/著 五木 寛之/訳 新潮社 1977-05-30 [新潮文庫 ハ-9-1] by G-Tools |
先日、東京地裁はライブドアの元社長:堀江貴文被告に実刑判決を言い渡した(被告は即日控訴)。
ご存知のように堀江被告(以下ホリエモン)はほんの2年前までは若者にとって教祖的な存在であり、
かくいう私もホリエモンの革新的なスタンスに共鳴していた若者のうちの一人であった。
何も六本木ヒルズに憧れて世の中お金がすべてだと思っていたわけではない。
21世紀になっても社会を支配し続ける昭和的な価値観や既得権益を否定し、
バックボーンに縛られずにTシャツ1枚で起業して社会を変革しようとしたその"姿勢"に惹かれたのだ。
残念ながらそのホリエ・マジックの絡繰りは犯罪的なほどブラックであったことが証明されたが、
「金儲け」や「会社経営」の極地を追求しようとした姿勢までをも否定してはならない。
確かにホリエモンにはやりすぎた面もあり、その点は猛省して罪を償うべきだけれども、
"排除ありき"でこういった異端児を社会から退場させる社会にも私は何かと問題を感じてしまう。
今回ご紹介するこの本に出てくるかもめも現代で言えばホリエモンのような存在なのかもしれない。
普通のカモメは特に深く考えるまでもなくただ生きるために飛んでいるわけだが、
ジョナサンは「飛ぶ」という行為そのものに取り憑かれ、やがて「飛ぶ」行為に没頭しはじめる。
そんなジョナサンに周囲は冷淡だった。次第にジョナサンは孤立していく。
しかし逆にジョナサンはそんな周囲の"普通さ"を嘲笑していた。
"おまえらフツーのかもめに何がわかるんだ?
俺こそが一番かもめらしい生き方をしてるんだぞ。おまえらはかもめじゃない!"
「飛ぶ」行為を修練していった結果、ジョナサンは他のどのかもめよりも飛べるようになっていた。
そしてジョナサンは極地の果てへと孤高に突き進んでいく。そう、ひたすら自らの可能性を信じて...
買収や増資を重ねてついにはニッポン放送までモノにしようとした"あの会社"の勇姿がふと目に浮かぶ。
この寓話は一時期ヒッピーの間でかなり読まれた作品だそうだ。
しかし一歩間違えればいつまで経っても現実を見ようとしない
"夢見る夢子ちゃん"症候群に陥ってしまうのも事実である。
昔テレビで巨額の資金を用いて徳川埋蔵金をひたすら発掘する番組があり、
「夢・ロマン」「可能性に懸ける」といって何年にも亘って掘り続けていたのだが、
結局埋蔵金は一銭も見つからず、残ったのは穴掘りに消えた大金と虚無感だけだった。
しかも無惨にも夢の痕が眼前に可視化されるため、余計にやり切れなさが募る。
可能性を追い求めることは素晴らしいことである。
しかしやはり追い求めることには"リスク"があることも忘れてはならない。
ホリエモンはあえて"リスク"に手を出して自滅してしまった。
ジョナサンだって自らの可能性と引き替えに仲間や絆がないといった"リスク"を背負った。
この小説が読者に提示する世界観の意味はものすごく奥深い。
ジョナサンのような生き方は美しくもあり危なくもあり...
"可能性"と"人生"について真剣に考えてみたくなる一冊。


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