![]() | 新聞社 破綻したビジネスモデル 河内 孝 新潮社 2007-03-20 [新潮新書 205] by G-Tools |
毎朝、家のポストには"できたてほやほや"の新聞が届けられる。
これは日本が世界に誇る戸別配達制度の賜物であり、
読売新聞や朝日新聞のような世界に類を見ない超巨大なメディア閥の根幹を支えている。
ではその戸別配達を実現している販売網の仕組みは一体どうなっているのかというと
これがメディアによって全く報道されない非常にグレーな世界なのである。
新聞社内では 「販売は伏魔殿」 (p89) と言われるくらいタブーな領域で
いわゆる「押し紙」の恒常化や形振り構わぬ拡張団の存在など事態は深刻の一途だ。
社会正義を社是に掲げているならば新聞社は早急に事態を正常化させなければならない。
しかし企業に何か不祥事が起きると徹底的に紙面で糾弾する新聞社も
自らのお膝元である"不適切"な惨状にはメス一本も入れることができないのが現実だ。
「戦後六〇年間、日本の新聞業界は自分の手で
販売を正常化することはできなかった」 (p95)
とあるように現在でも異常な販売の実態が平然とまかり通っている。
本書は元毎日新聞社の幹部が"新聞の危機"を正面から論じ、
新聞という一つのメディアの未来について真剣に考察したリアルな一冊だ。
まず第一章では豊富なデータを図解で示しながら、
新聞が実際にどれだけ危機に瀕しているかという厳然たる事実を読者に明示している。
「そんなに危なかったなんて全然知らなかったよ!」と思わず驚嘆の声を上げてしまうほど
時代遅れな新聞ビジネスモデルはもはや現代では破綻している状態に限りなく近い。
新聞ビジネスモデルを支えているのは強固な『部数至上主義』であり、
部数さえ増えれば広告が増えて収益も上がるとの認識(実際はそう単純には上がらない)があるため、
「1ヶ月無料で良いです」や「ビール券お付けします」などといった無代紙を助長させる行為が現場で横行している。
そんな『部数至上主義』の虚妄と功罪を突いたのが第二章だ。
さて本書一番の見所は第四章の『新聞の再生はあるのか』に書かれた具体的な施策提言である。
このまま改革を怠れば読売新聞と朝日新聞以外は単独で生き残ることが難しい。
(かろうじて日経新聞と有力地方紙は生き残れる?)
となると、紙面は無理だとしてもせめて生産ラインは共有をして効率化を図ってみる必要性が出てくる。
ならば具体的に毎日新聞と東京新聞と産経新聞が業務提携をして、
既存の販売店網を駆使した"第三の巨大新聞グループ"を作ってみてはどうだろうか--
実現するかどうかの現実性はともかくとして、
こうしたフレキシブルな改革案は新聞界からもっと聞こえてきてもいいはずだ。
他にも本書ではテレビやインターネットとの関係についてメディア論的な考察も交えている。
新聞は特集や論説以外の記事は「記者クラブ」の存在もあってかほとんど同じなので、
いっそのこと記事は通信社に任せて新聞社は論壇に徹してはいかがか--
本書に書かれた筆者の数々のアグレッシブな新聞改革案には、
中身は厳しいながらも新聞への「愛」が感じられ、共鳴するのはきっと私だけではないだろう。
新聞はネット時代の今だからこそ必要な国民的媒体だ。
私も新聞は好きだし、新聞の衰退していく様子をこの目で見たくはない。
そのためにも新聞関係者は今こそぬるま湯から立ち上がらなければならない。
新聞について深く考えてみたい人のために捧ぐ一冊。


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