BOOK REVIEW 67 太宰治『人間失格』

ISBN 978-4-10-100605-5人間失格
太宰 治
新潮社 1952-10-30(改:2006-01-15)
[新潮文庫 た-2-5]

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大人になった自分と大人でなかった自分。
今にして考えてみると、両者を隔てるキーワードが一つあるように思う。

それは「純粋」だ。

今は何事に対してもいい意味でのクールさがあり、
別にそれほど純粋さを求めることはなくなったけれども、
2年ぐらい前まではまだそんなことはなかったはずである。
何か一つのことを成し遂げるために徹底的に純粋さを貫徹していた。

今回ご紹介するのはそんな純粋さを究極的に追究した作品だ。
『恥の多い生涯を送ってきました』
という書き出しから或る一人の男の独白が始まるわけだが、
「純粋」の行き着く先を暗示していて、非常に衝撃的な読後感に苛まれる。

主人公の男は幼き頃から人間と上手く融け込むことが出来ず、
「道化」を介してでしか人間と付き合うことができなかった。
相手は自分のユニークな「道化」に笑ってくれる。そして親しみを持ってくれる。
しかし人間恐怖の自分にとってはその親しみですら凶器に感じ、
強固な自己否定の末に孤独の道へと突き進んでゆく。

その「道化」という手段も大人になるにつれてだんだん通用しなくなり、
やがて酒と淫売婦と反政府的な活動に溺れる毎日を送ることになって
後に男は人妻と心中をして相手を情死させてしまった。
それでも何とか人間の世界で生きていたく、人間になりたくて辛酸を舐め続けたわけだが、
ある決定的な事件を契機についに男は破滅への道を歩んでいく。

そして最後は薬物に溺れて病院に収容され、周囲から狂人扱いされ、
自らも「人間失格」と自らに烙印を押し、男は廃人となっていった...

この物語は太宰治が自殺する一ヶ月前に上梓された作品で
内容と太宰の人生が被ることが多いせいか「太宰の遺書」とも評されることも多い。

主人公の男はひたすら純粋な人間のカタチを求めていた。
この男が破滅に向かう決定的な事件も純粋さが汚されたことに起因する。
男にとって「人の不幸は蜜の味」を嗅ぎながら寄りついてくる人間など言語道断で、
陰気な告げ口や見かけだけの付き合いにも辟易としていた。
しかし極度の人間嫌いであるこの男はその旨を相手に伝えることすらも恐れ、
一人悩んで「純粋」の海に溺れていき、気がついていたときには墜ちていた。

では社会に適合できなかったこの男は果たして「ダメ人間」なのだろうか。
己の醜さを極限にまで追究し、たえず「人間」を客観的に研鑽しようとしたこの男は悪なのか。
いや、そもそも汚染された感情で動いている世間は善なのか。
見せかけだけの友情を築くことは「人間」として許されることなのか。

男は純粋さのためならば堕落も孤独も恐れなかった。
周囲からは奇異に見えても完成された一つの哲学というのがここにあったわけだ。

...私も大人になって『人間失格』の本当の意味がようやくわかってきた。
大人になる前にこの本を読んで、一度で良いから悩んで悩んで悩んで欲しい。
そしてその感想を明日友達と語り合ってみよう。主人公の男と違ってキミなら自分を晒せるはずだ。

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