BOOK REVIEW 57 梨屋アリエ『ピアニッシシモ』

ISBN 978-4-06-275618-1ピアニッシシモ
梨屋 アリエ
講談社 2007-01-16
[講談社文庫 な-68-2]

by G-Tools


『ピアニッシシモ』とは「できるだけ弱く」という意味の楽譜用語だ。
弾いているのかわからないほどの力を鍵盤に乗せる--
その繊細な指使いがピアノに息吹を与えて人々をさらに魅了する。

今回ご紹介するのはピアノで繋がった二人の少女が主人公の物語だ。
隣家から流れる"ピアニッシシモ"な音色に魅了された中学3年生の松葉は
ふとしたことがきっかけで別の学校に通う近所の同級生:紗英と出会う。

松葉は紗英が奏でるピアノの美しさに酔いしれて、
いつしか美人で気が強いお嬢様である紗英に憧憬を抱くようになった。
自分は普通の家庭に生まれて特にこれといった個性もないのに、
紗英は確固たる「我」を持っていてかっこいい。イケてる。

ずっとずっと仲良しでいたい。紗英となら最高の友達でいられる。
学校や家族という狭い世界で生きてきた松葉にとって
生活環境や性格が違う紗英との出会いは実に刺激的だった。

ところがある時期を境にして紗英が変わってゆく。
ピアノを弾かなくなり、家出をして家族とも疎遠となっていく紗英...

...そう、彼氏が出来たのだ。
あんなに輝いていた紗英がナンパ師な男に溺れてしまった。

「違うの。運命の人なの。
 知り合ったとき、あたしがたまたま十五歳だっただけ。
 こういうのをアイシテルっていうんだよ」 (p130)

たとえ彼氏から暴力を振るわれても紗英は虚空の愛であることを信じない。
この人はピアノなしであるがままの自分を認めてくれた。
世間的な体裁に捕らわれた「演技」を強いられることもないし、
今までのちっぽけな世界から解放してくれたんだ!何が悪いんだ!
--そんな素朴な心の叫びが松葉に対して爆発する。

「あたしはこれでいいの!」 (p180)

・・実はこの物語、児童文学にカテゴライズされる作品である。
故に全国学校図書館協議会選定図書ともなっていて、
夏休みには読書感想文の課題として学校から推奨される。

しかしありきたりな友情物語ではない。走れメロスもここにはいない。
描かれているのは滅菌処理されていない等身大の中学生の姿だ。
だからこそリアルな訴求力があるし、揺れ動く感情が生々しい。

人生で最も傷つきやすく、最も反抗心の強い繊細な時期である思春期を
「痛み」に負けず真っ直ぐに生きる二人の姿はせつないの一言に尽きる。

思春期の純朴さには美しさと危険さが共存していて、
一歩間違えた方向に舵が取られていくと次第に「毒」の感情へと化していく。
そんな状態を救うのが周囲の大人や学校なのだけれども、
この物語に出てくる大人たちは彼女たちに全く救いの手を差し伸べない。

「私は私で生きてるから、あなたはあなたで生きていきなさい」
正しいような間違っているような。でも何かが違う。どこかが違う。
物語のシニカルな視点が現代の世相を反映していて、
それを児童文学として表現しちゃうところが実に痛快である。

イマドキの中学生に読んだ感想をぜひ聞いてみたい一作。

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