![]() | 海の仙人 絲山 秋子 新潮社 2007-01-01 [新潮文庫 い-83-1] by G-Tools |
日本語に「孤独」という言葉がある。
この言葉を英訳すると一般的には「lonely」という語が浮かび上がってくるが、
実は「solitude」という語も日本語では「孤独」と訳される。
「lonely」とは日本語の「孤独」が持つ単一的な概念そのものだ。
しかし「solitude」は『前向きな独りぼっち』という意味で、
決してネガティブな言葉ではない。飽くまでもベクトルはプラスなのである。
これから紹介する物語の底流にあるテーマは「孤独」なのだけれども、
読み進めていくと「solitude」から「lonely」へとだんだん変容していくので、
注意深く読んでいきたい。不思議なカタチで嗟歎してしまう印象的なお話だ。
3億円の宝くじが当たった主人公:河野勝男は会社を辞め、
海の豊かな福井県の敦賀で気ままな一人暮らしを満喫していた。
そこに突然「ファンタジー」という名の神様が姿を現す。
神様にしては図々しくて役立たずで卑近な存在ではあったものの、
あまり深くは気にせずに河野は「ファンタジー」と同居することとなった。
するとこんなド田舎に一人の女性がジープでやってきた。
彼女の名は中村かりん。どうやらワーカホリックな年上の女らしい。
歓談しているうちに二人は打ち解け合い、
日を追う毎に通い妻的な"恋人関係"に発展していった。
しかし河野はかりんを抱けなかった。どうしても抱けない理由があった。
"過去"の「孤独」が愛を遠ざけ、"現在"の「孤独」が幸福を遠ざける。
淡い想いを抱く元同僚:片桐妙子の朗らかな性格をもってしても
河野の孤独の殻を突き破ることはできず、その根は深かった。
そして「孤独」が時空を超越して織り成されていった果てに...
ストーリーが後半から急展開するので、
やや唐突な印象も否めないことはない。
わけのわからない「ファンタジー」という神様の存在も
確かに潤滑油にはなっているものの今ひとつパンチに欠ける。
でも私は一番最後の場面がひどく気に入った。
この哀しさは下肢静脈から感じてしまった。それにとても醇美でもあった。
「美しい悲哀」を見事に表現している場面ではないだろうか。
「孤独」と「孤独」と「孤独」の聯奏は今も頭の中で鳴りやまない。


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