![]() | 岩波新書の歴史 付・総目録1938~2006 鹿野 政直 岩波書店 2006-05-19 [岩波新書 新赤版別冊9] by G-Tools |
世は空前の「新書ブーム」だ。
出版社各社が揃いも揃って新書の発刊に踏み切り、
『バカの壁』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』などの大ヒット作にも恵まれ、
今や新書が出版界を牽引しているといっても決して過言ではない。
週刊誌コラムの延長上にあるような耳障りの良い主張を掲げた新書が多い中、
今も本格的な「教養新書」を世に発表し続けている新書がある。
1938年(昭和13年)に発刊され総刊行点数が2500点を越えた岩波新書だ。
2006年5月に新赤版が1000点を突破し、
その記念に出版された新書が今回ご紹介するこの作品。
時代毎の特色を綜覧しつつ日本社会が歩んできた歴史を上手くリンクさせながら、
各年に発表された作品をテーマ毎に紹介していくという
社会史とブックガイドを併せ持つハイブリッドな一冊だ。
巻末には約70年分の総目録も収載されており、
新書にしてはページ数がかなりのボリュームとなっている。
岩波新書は大まかに分けると4つの時期に区分される。
【赤版(1938-1946)・青版(1949-1977)
黄版(1977-1987)・新赤版(1988-現在)】
日本初の新書として発売されたのはなんと戦中のことなのだ。
当時は現在のように知識や教養が大衆に溢れていたわけではなく、
さらに政府による思想や表現の締め付けも極めて厳しいものがあった。
そんな中での発刊には大変な苦労があったという(本文を参照されたい)。
「「古典の制約と学究的立場を離れて
一層自由に現代人の常識を高め教養を指導」すること」 (p22)
を新書の使命に掲げ、今まで特権階級のみに許されていた「知」との接触を
大衆にも開放した功績はものすごく大きい。
時代的に政治色の薄い自然科学の本が目立って刊行されたが、
社会科学の分野に至っても新聞と違って戦争に与することが一切なかった
というのは充分に評価されて良いだろう。
「戦局の推移に密着するのでなく、また読者を戦争に駆りたてるのでもなく、
戦争が提示する問題、戦争が直面させる事態を、
原理に遡って考える材料の提供という姿勢を保持しつづけた」 (p50)
戦争が終わり、日本は高度経済成長の時代へと突入していく。
急激に変化していく政治と経済。その変化を時に教科書的、時に予見的に
装丁を「青」に改めた岩波新書は舌鋒鋭く迫っていった。
そして「転換する情勢のなかで、日本人にとってアジアとは何かを問う角度から、
その課題を突き出す有力な媒体」 (p92)
として特に学生には圧倒的な支持を得る新書へと成長していった。
まだ「教養」が武器として機能していた時代のことである。
しかし'70年代半ばから環境破壊や人権問題などの副作用が徐々に出始めてきた。
そこに登場したのがさらに装丁を改めた「黄版」だ。
社会が複雑化して未来が不透明になる中で
ただ杓子定規に教養を振り翳しても何ら答えなんて出てこなくなった。
経済が成長すればするほど「何か」が失われているようでならない。
だけどその「何か」とは一体なんだろうか...
路頭に迷い込んでしまった日本に岩波新書が提示したのは戦後の検証だった。
「「戦後」の検証が、黄版の中軸的な課題として姿をあらわす」 (p209)
今までの歩みを振り返ってみて、過去から未来を創造しようというわけだ。
が、その作業はなかなか容易ではない。
現在進行形の事象の過去と未来を熔接するなんて至難の業である。
日進月歩に変化してゆく社会。昨日の敵は今日の友。
気がつけばバブルに突入し、昭和から平成に変わり、冷戦も崩壊していた。
そう、ますますわからない時代の到来だ。
パーソナライズ化された社会。「なんとなく」生きていける社会。
偉い人の価値がわからない。勉強したってどうせ下流。
現在も刊行され続けている「新赤版」は
そんな混沌とした時代の処方箋を示さねばならず、
また他社新書とも競合せねばならなかった。
--ものすごく大雑把に端折りながら新書の歴史を概観していったが、
詳しい流れはぜひ実際に読んでみていただきたい。これは大作である。
ブックガイドや目録も備えているので購入しても決して損はない。
最後に岩波新書の核を占める「教養」とは
一体どういった概念のことを指すのかここに記しておきたい。
発刊当初の「教養」の概念を著者は次のように解釈した。
「「教養」とは、たぶんに通俗道徳に拠る「修養」に対峙し、
知的消費としての「娯楽」と異なり、
さらに専門性を誇る「学術」に収斂されないような、
知的向上主義を含意したであろう」 (p19)
この微妙なバランスこそが「新書」の持つ知のダイナミズムなのだ。
「新書文化」を考える上でも重要な位置を占める一冊。


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