![]() | 不勉強が身にしみる 学力・思考力・社会力とは何か 長山 靖生 光文社 2005-12-20 [光文社新書 233] by G-Tools |
昔、猪瀬直樹「小論文の書き方」(文春新書)という本があった。
タイトルを見れば小論文の書き方を綴ったハウトゥー本かとも思うのだが、
蓋を開けてみれば"実践例"として自筆の時事コラムをただ並べただけという
確信犯的な構成に詐欺被害に遭ったような屈折した思いを抱いたことがある。
本書を読んでいてこの本の存在が久しぶりに頭をよぎった。
結論から言えば、タイトルと内容が一致していないのだ。
本の"顔"とも言えるタイトルの名は「不勉強が身にしみる」。
しかし本書を読んでいる限り著者が不勉強だとは思えないし、
世の不勉強な親子たちへ向けた内容かと言われるとそうでもない。
ヒントを探りに精読してみると序章の最後にこういった記述があった。
「本書は、凡庸な親が、子供の教育に悩みながら、
親もまた勉強しなくてはならないと考え、
しかし何をどうやって学ぶべきか、そもそも勉強とは何だっけ、
といった事柄を思い悩むドキュメントである」 (p31)
つまり誰かに啓蒙するのを主目的としているわけではなく、
著者自身の勉強に対する知的営為を文書化したのが本書なのだ。
が、どうにもこうにもタイトルの真意がわからない。
さらに言えば内容が散漫としていて結局何が言いたいのかもよくわからない。
序章や第一章はジャーナリスティックに考察しているのだが、
第二章からいきなり"キャラ変"して若干文体が変わってしまう。
各章末にある「基本図書ガイド」にいたっては
語り口や内容の対象が高校生へ向けられているのが明らかなのだが、
いきなり対象を固定化されても読者としては戸惑うばかりだ。
「何をどうやって学ぶべきか」を考えていくドキュメントなのに
肝心の方法論(学術的であれ俗的であれ)がほとんど書かれてなく、
著者の思想をただダラダラと整理しているだけで、
それを教育問題とシンクロさせているところが狡猾ですらもある。
ひょっとしてそういう意味での「不勉強」を自虐的に晒す本なのだろうか。
どうも私には文体からして肌に合わない本だった。
人様に薦められない本を名著のように書くのは私の良心に反するので、
正直にここに記しておくことにする。


コメントする