![]() | ルート225 藤野 千夜 新潮社 2005-01-01 [新潮文庫 ふ-34-1] by G-Tools |
主人公のエリ子(加藤あい似らしい)はどこにでもいる中学生の女の子。
ある日、ママに頼まれて一つ年下の弟のダイゴを迎えに行くことになった。
学校の帰り道にまったくダイゴはどこへ寄り道しているんだ、と
今風な言葉でブツブツと文句を言いながらも何とかダイゴを発見。
めでたし。めでたし。さぁ早く帰ってテレビでも見ようーっと。
だけど帰り道で出会う人たちや風景を見て今までと少しズレていることに気付く。
うん?ちょっと待った。何かが違うよ?
いや、見た感じ一緒っぽいけどさ、微妙に違うことない?
だって仲悪いはずの友達が仲良さげに話してくるし、
もう死んでいるはずの子が何故かいるよ!!怖い怖い。。
巨人の高橋も太っていたり(ダイゴは否定するけど)、
家に帰ってもママとパパはどこにもいない。
テレホンカードで家に電話したら
「早く帰ってきなさい」って逆にせかされるのに家には確かに誰もいない...
でも学校は次の日もある。その次の日もある。次の次の日もある。
そんな微妙な歪みは無視しようと思えば無視できないこともない。
気になる歪み以外の事象には全く変化がないのだから。
ママとパパはどこへ行った?っていうかなんであの子がこの世にいる??
他に変わったことは特にないんだけど、微妙に数ヶ所だけが違う。
ひょっとしておかしいのって自分たち??
歪みはいつまで経っても矯正されないまま悪戯に時間だけが過ぎていく...
......これは傑作だ。ものすごく新鮮なストーリー展開だった。
断っておくが理詰めで考えていくと全く理解ができない物語である。
そもそも主人公たちが迷い込むパラレルワールドへのフラグが皆無なのだ。
(確かに"それらしき"場面が最初に出てくるけれども)
しかしこの物語はそういった角度から読むべきではない。
現実とは微妙に違うちょびっと変な世界へ知らぬ間に入り込んでも
エリ子とダイゴの2人は謎を解こうとはしない。現実を変えようともしない。
「仕方がない」と開き直ってあるがままを受け止めて前へ行こうとしている。
あまりに現実と違う世界ならば原状回復しようという気持ちにもなるが、
違う点はほんの数えるぐらいしかないのだ。確かに気味は悪いけれども。
詳しく探った結果として隠された真実が抉り出されて傷つくくらいならば、
何事もないようなフリを演じ続けたほうが気持ちは楽だという心理に行き着く。
微妙な歪みというのは社会にはたくさんある。
純粋に考えてみれば明らかにおかしいことなのだけれど、
"必要悪"として存在し続ける不可解な歪みの数々。
その放置された歪みに翻弄される今の中学生たち。
傷つくのを恐れて行動するのだけれども、
結果として余計に傷ついてしまうというパラドックス。
何か心の突っかかりを感じながらもとりあえず波風立たぬよう
本音は心にしまい込んで生きていかなければならないこの世の中。
この物語は今の思春期の子たちが抱えているコンフリクトを
暗喩に包み込んで明示しているのではないだろうか。
自我がだんだんと目覚めてくる中学生が主人公だからおもしろいわけであって、
もしも主人公が大人だったらこの物語は成立しないだろう。
タイトルは「ルート225」。すなわち15。中学3年生。
何もかもが繊細に揺れ動く瑞々しい時期だ。
この時期特有の浮遊さをぜひもう一度本書を読んで思い返してほしい。
ストーリーの最後には信じられない結末...があるかもしれない。


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