![]() | 著作権とは何か―文化と創造のゆくえ 福井 健策 集英社 2005-05-22 [集英社新書 294A] by G-Tools |
我が国が法治国家であることは誰も疑う余地はない。
法律とは社会生活を営んでいく上で
人々が守らなければならない最低限のルールであり、
法律を犯せば「法」によって制裁される運命に人は身を浸している。
しかし数ある「法」の中でおそらく大多数の人が
触法しているのではないかと思える法律がある。
それこそが著作権に関する規定を定めた著作権法だ。
私は音楽を聴くとき、CDコンポを用いてではなく、
iTunesというソフトを用いてパソコンからいつも聴いているのだが、
特に問題意識を持つことなく何気に行っているこの行為自体が
著作権法に照らし合わせてみると実は法に抵触している。
最近の音楽CDの注意書きには次のような但し書きがある。
「ネットワーク等を通じてこのCDに収録された音を
送信できる状態にすることは、著作権法で禁じられています。」
現実問題として私のPCに入っている音楽ファイルは
送信しようと思えば数秒後でもできる状態にあるのだが、
送信する意思など全く持っていない私は果たして犯罪者なのだろうか。
外部から閉ざされた世界であるCDコンポでなければ
音楽を楽しむことができないとなると、
それは実に前近代的かつ閉鎖的な考え方であり、
文明の発展を阻害しているとしか言いようがない。
このように著作権法はネット社会が発展した現代において、
四方八方から矛盾が噴出しており、国民的議論を据えて
著作権のあり方を構築することは今や喫緊の課題でもある。
本書は著作権を理解するための全体像や
直面している矛盾点を敬体でわかりやすく綴られているのが特徴だ。
アイディアに著作権はない。
勝手に続編を作っても著作権侵害にはならない。
MDには「私的録音録画保証金制度」によって
最初から著作権料が源泉徴収されている…など
知っているようで知らない著作権の性質にも数多く触れられている。
そして何よりおもしろいのは「パロディ」に関する考察だ。
俗にいう「パロディ」は元の作品に手を加えて、
それを別の作品に変えてしまう行為のことを指すが、
権利概念を広義に捉えれば「パロディ」は
元の作品の著作権を侵害していると言われても仕方があるまい。
だが「パロディ」は決して「パクリ」ではない。
その性質上、元ネタがわかっていないと
純粋に「パロディ」を楽しむことはできないし、
元ネタ以上に「パロディ」が芸術的評価を受けた例だって世界にはある。
日本における「パロディ」をめぐる現況は厳しく、
「パロディ」を違法だとする判決が次々に司法から出されている。
しかしそういった場合"文化と創造"を守るはずの著作権が
逆に"文化と創造"を押し殺してしまうという矛盾が
発生することにも繋がりかねない。
「仮に著作権が、芸術文化を育む土壌を育てるべく
存在しているのだとしたら、
日本においてパロディが置かれている矛盾的状況は、
早い段階で解決がはかられるべきではないでしょうか」 (p160)
と著者もこの問題に対して苦言を呈している。
著作権は非常にデリケートな権利だ。
境界線も実に曖昧で、著作権の存在自体に異議を唱える人もいる。
ひょっとしたら"著作権解体"も近い将来現実になるかもしれない。
私たちの身近に存在している権利だからこそ、
せめて著作権の基本だけは知っておきたい。
だからこそ私はこの一冊を薦めたい。


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