BOOK REVIEW 16 白石一文『僕のなかの壊れていない部分』

ISBN 978-4-334-73839-6僕のなかの壊れていない部分
白石 一文
光文社 2005-03-20
[光文社文庫 し-30-1]

by G-Tools


人間はどうして生きているのであろう。
何の目的もなく生きているのならばなぜ自殺しないのだろう。

世の中の腐敗が奥深くまで滲出して
どこか黴臭い饐えた匂いが漂っているこの社会で
私たちは漫然と"生きる意味"をファジーに濁している。

そんな人間の永遠のテーマといってもよい
「生」と「死」の狭間に正面から搗ち合っていった小説が本書だ。

主人公である「僕」は東大を卒業して出版社で働く
29歳のエリートサラリーマンであり、
その「僕」は3人の女性と同時進行で肉体関係を持ち、
過去に傷ついた2人の若者とも交流を保ちながら毎日を送っている。

収入にも余裕があり、それなりの地位を確立していて、
仕事においても特段と失敗していることもない…
外枠だけを概観すると理想的な人生を歩んでいる「僕」のはずなのだが、
「僕」はどうしても"現在"に悦びを見いだすことが出来ない。

物語の最初から最後まで「僕」はとにかく苦しみ続ける。
なぜこの世に自分は存在しているのか、
どうして自殺をしないのか、毎日自問し続ける。

扉は一向に開く気配もないのに
「僕」はこの世に存在している意義を定義づけたがる。
果てしなく。果てしなく。ただ果てしなく。
3歳ぐらいの子どもが初めて触れる風景を心に包み込みたくて
親に対して即物的に「なぜ?」と問いかけるように。

恋人からありったけの愛を囁かれても、
本能の疼くままにセックスをしていても、
「僕」は飽くまでも人間一般の喜怒哀楽に即した
"フリ"をしているだけであり、
後にどうしようもない虚無感が「僕」を襲ってくる。

そう、「僕」は壊れているのである。
壊れているCDからは音が出ないのと同じで、
壊れている人間からは「生」の躍動を統覚することはできない。

だけども最初から壊れていたわけではない。
「僕」は物語の中盤で背負いきれない重い過去について語り始める。
外からは決して直覚することのできない十字架を舁けて
不倶戴天の敵を倒すときのように「僕」は藻掻いていたのだ。

そんな「僕」の心を解きほぐそうとしたのが恋人の枝里子だ。
随所随所で「僕」を励ますように的確に助言を発するが、
いつも"理屈"という名の論理ゲームで反駁されてしまう。

「私は、あなたのことを心から愛していたのに。
 あなたのためなら、どんなことでもしようって固く心に決めていたのに。
 あなたはただ、私のことを恐がるだけ。
 私がまるであなたに何かひどいことでもしようとしているみたいに、
 私のことを否定して、私から逃げ出したいだけ」 (p347)

それでも「僕」は最後の最後まで恋人に心を開かない。
「僕」は生まれてくるに値しない存在であったと自己評価している。
だからこそ生身の人間に触れることが
自分を脅かす存在のようで何よりも恐かったのだ。

物語のもう一人のキーマンは雷太という少年だ。

不遇な境遇を懸命に生きていた雷太だったが、
彼に襲った運命のいたずらはあまりにも残酷で、
生きる権利を剥奪されたかのような彼の人生は迷走を続けることとなる。

「俺、何かがぶっちぎれたような気がするんですよ」 (p155)

ぶっちぎれた…この言葉は生きとし生けるものすべてを
いや、過去から宇宙までのありとあらゆるものを
全否定するかのような響きを持っている。
"ぶっちぎれた"の一言に彼の人生が集約されている気もしないでもない。
彼にとって『僕のなかの壊れていない部分』がなくなってしまったわけだ。

最後には常人には理解しがたい衝撃的な行動に彼は走ってしまう。
だけども、「僕」と雷太の恋人であるほのかは
彼の行動を肯定こそしないものの理解の姿勢をとる。
そしてこの書評を書いている私も理解を示すであろう。

それはこの書評を書いている「僕」が壊れているからかもしれない。
壊れているかもしれない自分の心とこの小説は
シンフォニーを奏でるように初夏の日のある瞬間、共鳴し合っていた。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: BOOK REVIEW 16 白石一文『僕のなかの壊れていない部分』

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.akeins.com/books/mt-tb.cgi/16

コメントする

2008年11月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のブログ記事

最近のコメント

Creative Commons License
このブログのライセンスは クリエイティブ・コモンズライセンス.
Powered by Movable Type