![]() | 万博幻想―戦後政治の呪縛 吉見 俊哉 筑摩書房 2005-03-10 [ちくま新書 526] by G-Tools |
戦後日本で開催された国際博覧会の中で
1970年の大阪万博・1975年の沖縄海洋博・
1985年のつくば科学博・2005年の愛知万博に焦点を当てて、
開催に至るまでの過程を政治的ファクターから考察した良著。
本著では旧来型の「万博」が今日に至ってはいかに「幻想」であるかを
豊富な資料と鋭い視座で徹頭徹尾論証している。
その「幻想」の始まりは何といっても大阪万博の大成功であろう。
大阪万博(EXPO'70)は国家と国民が
自国の経済的繁栄を自己確認する壮大なフェスティバルであった。
1960年、当時の総理大臣である池田勇人が「所得倍増計画」を掲げ、
日本は高度経済成長の波に乗り、国民の所得も公約通り本当に倍増した。
1968年には世界第二位の経済大国の地位にまでのし上がることにもなる。
こうした系譜の中で開かれた大阪万博はまさに「おまつり」だ。
「自分たちの国はこんなに豊かなんだ。
経済や産業が発展すればするほどもっと豊かになるんだ」
という国家が仕向けた宗教的ともいってよい理念で
6400万人の国民が大阪・千里の地で繁栄に陶酔した。
しかし大阪万博の理念は当初「発展」とは全く違ったベクトルにあった。
日本を代表する知識人たちは「人類の知恵」を揃って提唱し、
パビリオンにもそういった文化的な理念を埋めようと試みたが、
国家はテーマ委員会でのそれらの見解を完全に無視し、
公害や自然破壊といった負の部分を徹底的に抑え込んで、
開発・発展のための計画に傾倒していった。
そのことが結果的には群集心理と重なって大成功を収めることとなる。
この大成功が経済発展・開発志向にますます拍車を掛け、
"復帰"直後の沖縄では経済発展の起爆剤として万博が登用された。
沖縄海洋博(EXPO'75)のテーマは「海-その望ましい未来」だ。
しかし実際には開発で海は徹底的に破壊され、
会場選定にいたっては沖縄の"負"の遺産でもある
米軍基地や戦場の風景は完全に封殺されてしまう。
肝心の入場者数も伸び悩んでしまった。
では沖縄で万博を行った意義は一体何だったのであろうか。
本書の言葉を拝借すれば、
「沖縄海洋博の焦点は、すでに会場選択の時点で、
博覧会そのものよりも博覧会を口実にした道路基盤、
産業基盤整備と北部開発への下地づくりに移っていた」 (p140)
わけであり、万博と公共事業は表裏一体の存在であったわけだ。
文化のために万博をやるわけではない。
国民のために万博をやるわけでもない。
開催意義はまさに公共事業という名のインフラ整備のためであり、
万博はただ利用されているだけなのであった。文字通りの「幻想」だ。
つくば科学博(EXPO'85)でも状況は変わらない。
メイン・テーマは「人間・居住・環境と科学技術」だが、
博覧会をテコにして新都市である筑波研究学園都市を
造成したいという政治的思惑があったのは明白であった。
山は切り開かれ、地域住民には何の恩恵ももたらされず、
大阪万博の「幻想」である開発志向なハイテク技術を追い求め、
パビリオンも主に子どもに対象のスポットを当て、
結果として一体何がやりたいのかわからない万博となってしまった。
そして現在行われている愛知万博(愛・地球博/EXPO2005)
においては環境を前面テーマに押し出しているが、
これもまた最初は全く違うテーマで愛知県を中心に計画が進められていた。
計画されたのがバブル全盛期とあってか
"大阪万博の名古屋版"とも言わんばかりの
バリバリ開発志向な計画に市民は反乱を起こし、
また意外なことに国家も大阪万博的アプローチには否定的見解をとった。
愛知万博についての計画の変遷は非常に複雑であり、
このことは本著において詳述されているのでそちらを参照されたい。
終章では最後に国家・自治体・市民などのエージェントを
相互に構築して、アウトプットとして新しい「カタチ」を模索している。
大阪万博から愛知万博の35年で特に変わったのは
市民が主体的に都市計画や施策・政策に参画するようになってきたことだ。
元経企庁長官で"ミスター万博"といわれた堺屋太一氏は
「万博はプロの仕事。五輪のマラソンに市民は参加するべきではない」 (p245)
と愛知万博推進最高顧問に就任したときに発言して
市民から猛反発を受けてわずか3ヶ月で職を辞したが、
国家が頂点である殿様計画はもう日本には通用しない。
万博と公共事業の鉄のパイプは諸共崩れ去り、
環境アセスメントや市民との協議も今や政策決定には欠かせない。
ここに既得権益に溺れた業界の入り込む余地などはなく、
もう日本では万博は開催されないのではないか、と
最後に筆者は皮肉を交えながら結論づけている。
つまり「幻想」は21世紀に入ってようやく「終焉」を迎えたのだ。
しかし2010年に中国で行われる上海万博は
北京オリンピックと対を成す国家的大事業として
大阪万博を凌ぐ大規模開発が現在進められている。
…「愛・地球博」へ行く前にぜひ読んでおきたい一冊。


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