![]() | 時間の止まった家 「要介護」の現場から 関 なおみ 光文社 2005-02-20 [光文社新書 192] by G-Tools |
まもなく日本は人類史に例を見ない超高齢社会へと突入する。
街中どこを歩いてもおじいさんおばあさんだらけ、という
漫画のような世界が現実になる日も遠くない未来に必ずやってくる。
5年前に導入された介護保険制度は
そんな超高齢社会を支えるために敷かれた経済的な布石だ。
しかしいくら経済学的アプローチから超高齢社会を斬り込んでも
高齢者の群像は見えてこない。
最近の高齢化社会を巡る論議で私が気になっているのは
数字の辻褄合わせに談論が終始しているところだ。
高齢者だって一人の人間である。
いくら素晴らしい介護保険制度が整備されても、
「生きがい」がなかったら人間は生きていくことができない。
そのセグメントに対して政府は有効的な政策を打ってきただろうか。
本書では一人一人の高齢者のありのままの姿を描いている。
しかもこの本に出てくる高齢者は皆「問題児」か「理由あり」で、
よくありがちな"お涙ちょうだい"的構成が成されていないのが斬新だ。
また作者の描写が非常にユーモラスで、
変人・猫屋敷…などの"困ったさん"な高齢者の奇妙な風景を軽快に描出している。
この本に描かれている高齢者の底流に流れているのは「寂しさ」だ。
子どもたちは独立し、老いが進行して体の自由が利かない。
"今日の繰り返しの明日"が延々と続く毎日。
「死」の足音が少しばかり近づいてきたように感じてしまう。
だけど迫り来る「死」の現実を直視するのは辛い。
だからこそ誰かにかまってほしい。でも一人で放っておいてもほしい。。。
読み進めれば進むほど高齢者の悲痛なココロの叫びが鼓膜に響く。
最後に筆者は日本の「家」制度に苦言を呈している。
「家」制度は確かに日本人のアイデンティティを形成したが、
21世紀の今となっては「家」制度の存在自体が
成長の障壁となってはいないだろうか、と。
「私が訪問し、滞在するなかで見えてきたのは、
いわゆる社会的に「典型的な家庭」「標準的な家庭」を目指した、
「家」に縛られた人々ほど、自分の家庭にジレンマを抱いて
うまくいっていなかったし、反対に、無理せず自分たちなりに
身の丈にあった「家」を築き上げてきた人々ほど、
家族機能がうまく働いた、落ち着いた家庭を持ち、満足している、
という事実であった」 (p239-240)
「家」づくりに失敗してなおも「家」に縛られる高齢者。
そんな高齢者にも私にも24時間という1日は毎日均等にやってくる。
だけども彼らの24時間は解凍されることなく闇に消えていく…


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